なぜ裁判で同和地区の公開を求めるのかということについて、今までの経過と、その意義について開設して欲しいというリクエストがありました。そこで、今さらですが詳しく解説いたします。
進行中の裁判に関する資料の生データは以下のアドレスからご覧ください。
http://files.tottoriloop.miya.be/data/H22-9-15%E8%A3%81%E5%88%A4/
http://files.tottoriloop.miya.be/data/2012/%E9%B3%A5%E5%8F%96%E5%9C%B0%E8%A3%81-H24-3-8/
http://files.tottoriloop.miya.be/data/2012/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9C%B0%E8%A3%81-H24-4-6/
裁判の経過
本ブログで最初に裁判をやったのは2007年のことです。これは端的に言えば、解放同盟員が経営する土建屋で組織される部落解放鳥取県企業連合会(企業連)の会員名を鳥取県に公開させようとするものでした。当時、企業連は公共事業の入札で優遇を受けており、会員企業は指名競争入札で優先的に指名されていたため、その実態を解明しようとしたものです。結局、実質的には原告敗訴で目的の情報は公開されませんでした(ただし裁判の過程で、加入企業はおおよそ見当がつくし、企業に直接聞けば加入しているかどうか教えてもらえるようなものだと分かりました。これは「寝た子を起こす」を徹底した鳥取の解放運動と、それに由来する「隠そうとすること自体が差別だ」という考え方が関係しているものと思います)。
そして2009年には、同和地区施設(隣保館・教育集会所)の位置の公開を求めて東近江市を提訴しました(大津地裁)。これは、滋賀県で同和地区の場所を町役場に問い合わせた東近江の市民が解放同盟に糾弾されるという事件があったので、それなら「情報公開請求で同和地区の場所の公開を求めても糾弾できるのか」という問題を検証するために行ったものです。この裁判に関しては私の全面勝訴であり、施設の場所が同和地区かどうかはともかくとして、「隣保館などは公の施設であって、条例によりその位置と名称が公開されている」と判断されたことが勝因でした。
それ以来、「同和地区の場所を正式に公開させる」というのが1つのミッションとなりました。2010年には滋賀県内の同和地区の公開を求めて滋賀県を提訴(大津地裁)、2012年には鳥取市下味野の同和地区の区域の公開と、さらに同和地区で行われていた同和対策固定資産税減免の違法確認求めて鳥取市を提訴(鳥取地裁)、同年に大阪市の同和地区の位置の開示を求めて国を提訴(東京地裁)し、現在に至っています。
同和対策固定資産税減免の違法確認に関してはまだ鳥取地裁に継続中ですが、他の件は高裁に控訴し、さらに最高裁に上告しています。最高裁は通常は審理しないまま半年程度でいわゆる「三行決定」により上告を棄却してしまうのですが、滋賀県を提訴した件については1年以上何の判断もされていないという、やや異例な状態にあります。最高裁もどう判断するべきか迷っているのかも知れません。
同和地区を公開させる意義
現在、問題となっている滋賀県の同和地区、大阪市の同和地区、鳥取市下味野の同和地区については、事実として既にその場所が明らかになっており、裁判に勝ったからといって直接新たな情報が得られるわけではありません。ただし、これらの情報が建前上は秘密であったものが、正式に公開されることに意義があります。
同和地区に関することは、同和タブーのベールに包まれて自治体による公開がされ難いという実態があり、もし今回の件で公開させることに成功すれば、お役所特有の「前例踏襲」「横並び」により、他の地域の情報も次々と公開される可能性があります。すると、過去の同和対策事業の実態が広く公開されることとなり、同和事業の歴史や福祉行政の研究の発展に大いに貢献することになります。どこで、どのような施策が行われ、どのような結果があったのかということは、非常に重要なデータとなります。なかなか一般の方には分かりづらいかと思いますが、「同和」というのは日本の歴史や行政に大きく関わって、その実態が公になることは、歴史や行政の研究者にとっては実に大きなインパクトがあります(分かりやすい例としては、新選組隊士の戸籍が同和問題を理由に非公開とされた事例があり、もし同和問題を突破できるのであれば、新選組隊士の血縁関係が明らかとなり、研究が大いに飛躍することになるでしょう)。
また、同和地区の場所を問い合わせたら糾弾されるということは滋賀県に限ったことではなく、同和地区の場所を知ろうとするとそれが差別だと非難され、企業や行政への言いがかりの「ネタ」として悪用されている実態があります。正式に同和地区が公開されるということは、そのような言いがかりができなくなるということであって、いわゆる「えせ同和行為」の防止のために大きな成果を挙げることができます。
一方で、同和地区の場所が明らかになることで、結婚などの際の身元調査に悪用されるということが度々指摘されますが、少なくとも裁判の対象となっている地区は事実として明らかになっているものばかりです。探偵等が同和地区であるかどうか調べようとすればすぐに分かるものなので、調査出来るかどうかという問題に関していて言えば今さら影響はありません。
むしろ、裁判で白黒付けることは部落問題の解決に意義があります。なぜそうなのか説明するためには、この裁判の法的な意味を説明しなければいけません。
同和地区を公開しない理由説明に伴う問題
私が裁判により同和地区の場所の公開を行政に求められるのは、各自治体の情報公開条例という法律上の根拠があるためです。各自治体の情報公開条例は、行政が保有する情報は原則として公開であって、あえてそれを非公開とするのであれば、その理由を行政が説明しなければならないという枠組みになっています。つまり情報を公開する理由は不要だが、非公開とするには理由が必要…書面に書いて説明しないといけないと条例で決められているということです。もし理由がないのに情報を非公開にする自治体があれば、その自治体は違法行為を行っていることになり、裁判で争うことができるわけです。もちろん、理由というのはいい加減なものではだめで、それが合理的なものだと裁判所を納得させられるものでなければなりません。
同和地区を公開しない理由は、「これを公開しても直接特定の個人を識別することはできないが、同和地区に対する差別意識の解消が十分に進んでいない状況からすれば、公開すると特定個人の権利利益を害するおそれのある情報に該当する」という説明がされることが多いようです。例えば島根県はそのような説明をしています。
しかし、この説明は別のところで問題を起こします。
この「権利利益を害するおそれ」というのは判例上は「単なる確率的な可能性ではなく、法的保護に値する蓋然性が必要」ということになっています。ご存知のとおり、裁判所は最終的には憲法の番人ということもあって、「左翼的」なところがあります。そこで、国民の権利を最大限に尊重するとそうなるわけです。
これを同和地区の場所の問題に当てはめると、同和地区の場所が分かるということは、そこに住む住人に対して法的保護に値するほどの「権利利益を害するおそれ」を生じさせるということです。
ということは、例えば大阪のように同和地区の場所を自ら行政が明らかにしてきたような地域では、その「同和地区に住むことは法的保護に値するほどに権利利益が侵害されるおそれがある」ということになってしまいます。すると、不動産を購入しようとする人が同和地区を避ける事には合理的な理由があると言えてしまうわけです。
だからと言って、「そのような不利益が生ずるのに、説明なしに同和地区の土地を売りつけられた」と不動産屋を訴える人が出たとしても、裁判所はその人を勝たせるわけにはいかないでしょう。とすると、不動産屋を勝訴させるためには「同和地区に住むことには不利益があるけど、客は不利益を受容しなければならない」という判決を出さざるを得ないわけです。しかし、これでは形式的には不動産屋の勝訴であっても、「不動産屋が客に不利益が生ずる土地を説明なし売った」という事実は変わらないので、法廷の外では不動産屋は信用を失うことになります。また、「同和地区の土地を買って住むと不利益を受ける」と言いふらしても、それは「司法も認めた事実」ということになります。
本来であれば「同和地区に住んでいると分かっても不利益を受けるわけではない」と説明すれば(私は実際それが事実だと思いますが)、不動産屋が同和に絡む顧客とのトラブルで裁判になっても「同和地区に住んでも不利益はないとの最高裁判例がある」と堂々と主張できるわけですが、そうすると、情報公開訴訟の判断と整合性が取れなくなってしまいます。
ひとまず、現在進行中の訴訟では、どの裁判所も「同和地区に対する差別意識の解消が十分に進んでいない状況からすれば、公開すると特定個人の権利利益を害するおそれのある情報に該当する」という見解で一致しているようです。これが確定すると、やはり同和地区に関わることは「権利利益を害する」ということになります。
同和地区の場所情報が実質秘であるのかという問題
そこで、裁判所は別の逃げ道を考えないといけないのですが、それが同和地区の場所は秘密であるということです。同和地区の場所が誰にも知られていないのなら、誰も不利益を受けないということになります。
しかし、本ブログで説明してきたとおり、とてもそうであるとは思えない実態があります。滋賀県においては滋賀県内の同和地区名を列挙した本が出版されていましたし、大阪市に至っては「何丁目」というところまで詳しく説明された本が出版されていました。滋賀県草津市に関しては地図上で同和地区の区域を示した、まさにそのまんまの資料が公開されました。
そもそも、かつては「同和地区の場所を隠す」という概念自体がなく、部落問題や同和事業に関する古い書籍には同和地区名が躊躇なく書かれていることが多く、時代や地域によってはむしろ「寝た子を起こす」という解放運動の理念や「同和事業の対象として予算を得るために認定してもらう」という目的で、同和地区の場所情報を積極的に広めようとしたことがありました。現在でも、当時の資料を図書館や古書店でいくらでも発掘できる実態があります。あまりに多くあることと、別の意味でも歴史的価値のある資料と混ざってしまっているので、それを「焚書」することは不可能と考えられます(顕著な例として江戸時代に書かれた「因幡誌」があり、この本にはどこが穢多村だったということが書かれていますが、これを焚書すると旧因幡国の近代の地誌の多くが失われることになります)。
裁判で問題としている滋賀県、大阪市、鳥取市下味野は、全て文献により同和地区地名が特定可能な地域です。鳥取市下味野に関しては、民間の出版物ではなくて行政が出版した市史や公報に掲載されていますし、滋賀県や大阪市もほとんどそれに近い状況にあります。
また、「公務員の守秘義務」ということが関わってきます。国家公務員法や地方公務員法の守秘義務について、判例上は「秘密とは実質秘である」とされてきました。これは、役人が「これは秘密だ」と言えば秘密になるわけではなく、事実として民間人が知ることはできず、秘密にするほどの価値がある情報でなければならないということです。これも裁判所が「左翼的」であって、国民の権利を最大限に尊重し、国が恣意的な情報隠しをできないように判断しているためです。
情報公開制度もそのことを前提に作られており、実質秘でないものは常に公開され得るということになっています。なので、情報公開法や情報公開条例によって情報を公開した公務員が守秘義務違反に問われることはありません(外国の情報公開法ではそのことを明示している場合もありますが、日本の場合は法律には明示せずに過去の裁判例に頼っているようです)。
どう考えても公になっているとしか思えない同和地区の場所について、裁判所が秘密だと言うのであれば、過去の判例を変えたか、そうでなければ同和については特別扱いをしたと見られるでしょう。
この点に関して、各裁判所は次のように判断しています。
大阪高裁:滋賀県の同和地区施設の場所は実質秘にはあたらない。(しかし同和地区名は秘密であるとしている)
東京高裁:大阪市の同和地区名は秘密、確かに出版物に同和地区名が書かれているがこれは別問題。
広島高裁松江支部:おそらく東京高裁と同じような判断。
鳥取地裁:鳥取市下味野の同和地区の場所は実質秘である。
大阪高裁は唯一私の全面敗訴となっておらず、1%だけ私に理があるといった判断をしているので、それを反映した曖昧な判断になっています。
鳥取地裁だけは明確な判断をしてる理由は、鳥取地裁の場合は情報公開訴訟ではなくて、税の徴収を求めるという別の意味合いでの裁判をしていることが関係していると思います。たまたま、鳥取地裁は明確な判断をしなければならない状況に追い込まれただけであって、東京高裁も広島高裁松江支部も同じ状況になれば鳥取地裁と同じ判断をしたかったのだと思います。しかし、現実には同和地区の場所を公言した公務員が、守秘義務違反に問われて立件されることはないと私は考えています。どう考えても同和地区の場所が公になっているという事実は変わらないので、事件にすればさらに情報拡散に手を貸すことになりますし、刑事事件は私がやっているような民事事件よりももっと厳格な判断が求められるので、有罪にするのは難しいでしょう。
私は、裁判所による同和に対する特別扱いがあると考えています。特定秘密保護法について、国が恣意的な情報隠しをするとの批判がありましたが、同和に関してはそれが堂々と行われているにも関わらず、同和タブーがあるために、あれほど騒いだメディアも話題にすらしません。
これを最高裁がどう扱うかは、同和問題のみならず「秘密とはなにか」という根源的な問題にも関わってくるでしょう。
そして、鳥取地裁では憲法が定める国民の3大義務(教育、納税、勤労)のうちの1つである、納税の義務に関する問題が問われています。
同和対策固定資産税減免の対象地域は公開しなければならないかという問題
国民に納税の義務があることは中学校くらいで習うと思います。これは国民の大変重要な義務なので、通常はとても厳格に扱われます。納税については「租税法律主義」という大原則が憲法で定められています。これは税をどのように納めるか(課税要件)は法律で定めなければいけない、国で言うなら国会で審議して法律として通さなければならず、総理大臣でも勝手に国民に税を課したり税率を変えたりは出来ないということです。
鳥取地裁で問題になっている固定資産税は市町村が住民に課す地方税なので、本来はその要件を地方議会による条例で定めなければならず、市町村長が勝手に手を出せないものです。税を課すだけでなく、逆に税を減らしたり税を課さないということも勝手にやってはいけません。例えば条例で誰にでも課すことになっている税を、市町村長が勝手に減免できるなら、市町村長が課税対象や税額を勝手に決めているのと同じことになってしまうためです。
それでも市町村長が条例に反して勝手に税を減免したのなら、「住民監査請求」さらに「住民訴訟」により税の徴収を求めることができるというルールになっています。鳥取地裁で行ったのはこれです。
しかし、実際に裁判所で争うためには何が違法な税の減免であったのかということと、徴収すべき税の対象と金額を確定する必要があります。鳥取地裁で原告が問題としたのは鳥取市下味野で行われた税の減免なので、鳥取市下味野で行われた同和減免の実態を明らかにしなければなりません。しかし、そうすると必然的に鳥取市下味野の同和地区がどこにあるのか分かってしまうわけです。その情報は鳥取市が持っているのですが、前述のとおり鳥取地裁はそれが秘密であると判断してしまったので、同和減免の違法性が問われない可能性が出てしまっているわけです。
知る人は知っていると思いますが、固定資産税については毎年年度初めになると「土地・家屋価格等縦覧帳簿」というのが公開されまして、例えばどこそこの誰の家の土地にどれだけの固定資産税が課されているかということが誰にでも分かるようになっています。必然的に、その家の資産価値がどれくらいかということも分かります。そこまでして税の公平性が確保されているのに、同和地区に関しては税の減免対象自体が秘密とされました。すると、同和を隠れ蓑にして、市町村長はいくらでも恣意的に固定資産税を減免でき、違法行為をしている証拠を秘密として隠蔽することができるので、やりたい放題ということになってしまいます。
鳥取地裁の判断に関しては、現在高裁に抗告しているところですが、認められなければさらに最高裁に抗告します。最終的に鳥取地裁の判断が否定されれば、同和と言えど違法行為の隠れ蓑にはできないと言えるわけですが、そうでなければ同和を違法行為の隠れ蓑にできると司法が証明することになります。もちろん、前者の判断をすれば、下味野の同和対策固定資産税減免の対象地域(≒同和地区)を公開する必要があります。裁判所は重要な判断を求められているわけです。
租税法律主義が「課税要件の公開」を求めているかということは、過去の判例がないようなので、これは同和問題のみならず、国民の納税の義務全般に関わる重要な判断になるでしょう。私の考えでは、租税法律主義に従えば課税要件は公開しなければいけないと思います。もし、課税要件を秘密にしてよいと裁判所が判断するなら、誰にも分からないように税を課すことができるということになるわけで、誰も知らない→法律違反を発見できない、ということになるので租税法律主義は完全に無意味化してしまいます。特に鳥取地裁の例では、下味野で同和減免が行われたことは誰でも分かることなのに裁判所が知らん振りをすることになるのでさらに悪質です。
日本最古の法律を更新するか?
鳥取地裁では、同和減免が違法である根拠として「明治4年8月28日太政官布告」いわゆる「解放令」を持ちだしています。これは穢多非人等の賤民の廃止を定めた太政官布告なのですが、同時に当時行われていた穢多非人等の土地に対する地租の減免の廃止も定められています。穢多非人等の廃止に伴って地租の減免も廃止されたのだから、同和減免はかつての地租の減免の蒸し返しであって解放令に反すると原告は主張しているわけです。
まだ日本に議会がなかった時代に定められた太政官布告が「法律」として有効であるかどうか問題となった事例として最古のものは「明治5年11月9日太政官布告」いわゆる「改暦ノ布告」のようです。もし、今回の裁判が最高裁まで持ち込まれて、解放令について何らかの判断がされることになれば、改暦ノ布告よりもさらに1年以上前の太政官布告が法律として効力があると認められる可能性があります。これは判例集のみならず、教科書に載せてもよいくらいの重要な判例になるでしょう。
以上の通り、法律が絡むのでやや難しい問題ではありますが、特に弁護士などの司法関係者にはいかに重要な意義のある裁判か分かって頂けると思います。どのような判決が出ても、非常に重要な判例として活用できるので、ぜひ注目して頂ければと思います。