去る7月6日付の滋賀県人権施策推進課の理由説明書に対する意見書を提出しました。以下に内容を掲載します。
平成21年7月6日付滋人推第170号に対し、次のとおり意見いたします。
1 用語の定義
実施機関の理由説明書には、一般的でない用語があるため、先に申立人の解釈により定義する。
同和地区
同和対策事業の対象地域。事業が終わった現在でも一般的な意味での「被差別部落」として事実上県が把握している。
同和地区出身者
同和対策事業の対象者で、「属地・属人」あるいは「同和関係者」と同義。事業が終わった現在では一般的な意味での「被差別部落民」と同義。
部落地名総鑑
昭和50年頃のいわゆる「部落地名総鑑事件」で結婚・就職差別に使われたとされる同和地区の一覧か、それにする類する情報。
2 理由説明書1「対象公文書および非公開情報」について
本件の経過が、1段落の通りであることは認める。以降については、後の詳細な説明に対して意見する。
3 理由説明書2「同和問題」について
大前提として、本件は公開条例の規定により判断することであり、同和問題に関係することを理由に特別な取扱いをするべきことではない。しかしながら、理論上はともかく、同和問題については超法規的とも言えるくらい、行政上特殊な扱いがされた経緯があることは申立人も認識しているから、特に意見を述べる。
1段落の同和対策審議会答申(同対審答申)は同和問題を定義するものではない。これは諮問機関の答申に過ぎず、法的拘束力はない。また、この内容は当時同和対策事業の対象として想定された地区について、政府に対して一般的な意見を述べたものであって、県内の同和地区の実態を述べたものではない。特に国の同和対策事業が平成14年に終了した現在においては、全く当てはまらない。同様のことは4段落目の地域改善対策協議会意見具申にも言うことができる。
2段落の同和対策関係の特別法は、対象地域の経済・福祉・教育の事業に国が財政措置を行うということと、人権擁護活動の実施について定めたものである。法律上、同和対策事業は地域あるいは地域住民に対する施策(いわゆる属地主義)であるが、同対審答申を根拠に、地域の住民を身分的に分け、一般的な被差別部落民といった概念による施策(いわゆる属地・属人主義)が行われる等、法律を逸脱した運用がある。
3段落の、いわゆる部落地名総鑑事件は昭和50年11月に発覚したもので、当時の国会議事録によれば、その図書の内容は全国5,600ヶ所の被差別部落の大字、小字の新旧名称(旧名は昭和初期のもの)、世帯数、職業等を記したものである。しかし、申立人が調査したところでは、昭和40年代に政府や部落解放同盟の関連団体により、調査や研究目的で同和地区一覧が作られており、地名辞典や国勢調査の小地域集計と組み合わせれば、実質変わりのないものが作成可能である。
県内に限れば、昭和40年代にシリーズとして刊行された「滋賀の部落」(異議申し立て書と共に情報公開審査会に一部の写しを提出済み)がある。これは県内の同和地区を網羅的に解説したもので、部落解放同盟滋賀県連合会が事務局となっている滋賀県部落史研究会によって発行されたものである。平成10年には復刻した合本がつくられており、国立国会図書館をはじめとする図書館や、古書店で容易に入手することができる。従って滋賀県内に限れば、部落地名総鑑は誰でも作成可能である。
全国的には、昭和50年3月に内閣総理大臣官房同和対策室により「同和地区精密調査報告書」が発刊されており、これらは全国の同和地区の実名が記載されたものであるが、後者は昭和52年11月に古書店で流通していることが国会で報告されている。両方の書籍がごく最近でも古書店で売られていたことを申立人は確認しており、配布された時点から相当数が回収不能になっていると考えられる。
以上のように同和地区の一覧は公然のものであって、部落地名総鑑であるといった非難は、情報そのものに対するものというよりは、情報の利用方法に対するものである。
4段落の行政書士による戸籍の不正取得や横流しについてであるが、戸籍法に不正取得といった概念が出来たのは平成11年と比較的最近のことである。それより以前は誰でも他人の戸籍を取得することができるのが常識であり、個人情報保護の観点から新しく戸籍の不正取得という概念ができたという経緯である。従って、戸籍の不正取得そのものが差別ではない。他人の戸籍を勝手に取得する可能性のある用途は、家系図の作成や歴史研究、失踪者の調査等多岐にわたっており、戸籍の不正取得が即座に同和問題に結びつくものではない。
また、部落地名総鑑と戸籍の問題に共通することとして、元来同和問題に関係する身元調査と呼ばれるのは「聞き合わせ」によるもので、住所や戸籍により同和地区出身者が特定できるというのは誤りである。戸籍に記載された出生地は、出産のための帰郷先や病院等の住所であることが多く、また本籍地は出生地や住所とは無関係に移動できるため、意味を持たない。居住・移転の自由があるため、現住所と出身地も一致しない。そのため、おそらくは最初の住所地が(これも厳密ではないが)一般的な意味での出身地ということになる。しかし、一般的な意味において、同和地区出身者は出身地ではなく、穢多非人等との系譜関係を表すものである。同和対策事業の実務においても、属地・属人主義の場合は出身地を基準とはせず、自治会や運動団体等が属人を認定して(言わば行政による「聞き合わせ」)、事業の対象にしているというのが実態である。歴史的には、明治4年8月28日太政官布告(解放令)により穢多非人等が廃止され、昭和43年3月29日付け民事甲第777号通達により明治初期以前の戸籍(いわゆる壬申戸籍に解放令に反して身分が記載されることがあった)が使用不可能になり、過去の穢多非人等との系譜関係は分からなくなっている。なお、「聞き合わせ」さえ信頼できるようなものでないことは、言うまでもないことである。
同和地区の問い合わせについては、本件情報公開請求自体が同和地区の問い合わせであるので、それを差別事件とするのであれば、循環論法である。
平成18年に県が実施した県民意識調査の結果については、県のウェブサイトに掲載されたものを読んだが、同和問題に対して誤った理解や考え方を持つ人が少なからずいるというようなことは書かれていない。
4 理由説明書3-1(1)「本件情報の非公開理由」について
本件情報が条例で公になっている現状では公開条例第6条第1号アに該当するため、1~3段落で述べられている通りに公開条例第6条第1号の個人情報に該当するかどうかは、公開・非公開の基準とは無関係である。
4,5段落の、目下公開されている情報が非公開情報であるという説明には齟齬がある。また、条例の規定により公にされている情報は、市町ごとに公開されているもので、それぞれの地域総合センターについて公開されているものではない。実施機関の説明どおり本件情報が滋賀県版部落地名総鑑となるおそれがあるとすれば、例えば愛荘町地域総合センター条例は愛荘町版部落地名総鑑、栗東市の同様の条例は栗東市版部落地名総鑑となるおそれがあるということになり、実質的な違いはない。そもそも滋賀県版部落地名総鑑という評価は、情報の利用方法の一例についての実施機関による主観的な評価に過ぎない。従って、本件情報は公開条例第6条第1号アに該当している。
5 理由説明書3-1(2)「本件地区名の非公開理由」について
実施機関の説明を検討したところでは、本件情報に本件地区名と実質的に変わらない情報が含まれていると考えて差し支えない。従って、本件情報と分けて検討する必要はない。
6 理由説明書3-1(3)「本件地図の非公開理由」について
2段落にあるとおり、容易に入手可能な住宅地図や航空写真と本件地図は異なるが、市町の条例で公開されている隣保館や教育集会所の周辺を住宅地図や航空写真で見れば、改良住宅が集中していることや、区画整理された形跡を確認でき、そこで同和対策事業が行われたことは容易に分かる。従って、同和地区を推定する目的を達成するような情報であれば、既に公知であると言うことができる。
なお、山川原、川久保、長塚は、愛荘町が同和地区として指定した文書を保有しておらず、実施機関も同和地区の区域を指定した文書を保有していないので、厳密な意味での同和地区の領域は設定されていない。
7 理由説明書3-2「公開条例第6条第6号該当性」について
1段落目の「一般対策として同和問題の解決に向けた普及啓発等」の事務の位置付けが不明確である。一般対策であるなら、同和対策の情報である本件地図とは何の関係もない。また、同和問題の解決に向けた普及啓発等が本件地図による事業であるなら、それは同和対策に他ならず、文章に齟齬がある。
1段落目の後半と2段落目は、事務事業の適正な遂行に支障を及ぼすというが、実質は単に公開条例第6条第1号に関することを述べているもので、公開条例第6条第6号には該当しない。
8 理由説明書4 「存否応答拒否について」
1段落で、存否応答拒否は厳格に解釈し濫用することのないようにしなければならないことを指摘しているが、本件のように、関連する請求に対して矛盾した処分をすることを想定しているとは解釈できない。
2、3段落目については、説明の趣旨が汲み取りにくいところであるが、要約すると申立人に対しては大字名が同和地区の領域を示すものでないことを説明済みであるから、大字名程度であれば同和地区の場所を公開したことにはならないということである。しかし、山川原、川久保、長塚については大字名以上の精度で同和地区の位置を示すような情報はもとから存在していないし、同和地区と考えられる大字名に対して網羅的に情報公開請求をすれば、本件情報と実質変わらない情報が収集できることになる。
9 理由説明書5 「その他」
条例3条にあるような配慮は、情報が文字通り非公開であってこそ可能なことである。しかし、理由説明書3-1(1)によれば本件情報が個人に関する情報であり、既に市町の条例で公開されているので不可能である。本件情報の公開により実質的に明らかになるのは、同和対策に関係する施設や地域と、施策の内容を結びつける情報である。これは個人情報ではないことは明らかで、むしろ公開条例第1条にある「県の有するその諸活動を県民に説明する責務が全うされる」という目的に適うものである。
10 その他実施機関の説明のうち事実に反する事柄等について
理由説明書3-1(1)の2段落目で、通常容易に入手できる個人に関する情報と組み合わせることにより、特定の個人が同和地区の出身であるという情報が判るという趣旨の説明がされているが、事実に反する。理由は、本意見書の3で説明した通りである。従って、正しい知識を持っていれば、本件情報を結婚や就職の場面で同和地区出身者を差別をする目的で使用できないことは明らかである。実施機関自体が誤った説明をしているのであるから、誤りを正して県民に説明責任を果たすべきことであり、本件情報の非公開理由とすることは不当である。
理由説明書3-1(1)の3段落目では、履歴書の住所と本件情報を照合するといった具体的な就職差別の方法が書かれている。当然、企業が同和地区出身者を排除するという考えも誤りであるが、そもそも住所から同和地区出身者を判別することはできないのだから、二重の意味で誤りである。そればかりか、根拠なく就職差別が蔓延しているかのようにいうことは、企業と住民との信頼関係を壊すことである。同和地区名を誰でも容易に知ることができる現状において、十分に知識を持たない者に対してもこのような説明をしてきたとすれば、住所で同和地区出身者が分かるとか、差別することが普通であるかのような誤解を与えた上で、現に実行可能な不当な採用方法を指南することとなるし、公正な採用方法により結果的に不採用となった同和地区住民に対しては不要な不信感を抱かせ、自由な就職活動を萎縮させてきたのではないかと疑わざるを得ない。
理由説明書3-2では部落差別は地域差別であると述べているが、少なくとも属地・属人主義で施策を行っている自治体では、行政がそのようなとらえ方をしているとは考えられない。地域の居住者や出身者が全て被差別者となる可能性があるなら、同じ地域に属人とそうでない人がいることは矛盾している。また、同和地区の区域がはっきりしていないため、厳密な意味では同和地区住民を識別することはできないし、居住・移転・出生・本籍地の移動は全て自由であるので、同和地区に関係すれば直ちに差別対象になるという考えには合理性がない。
また、住環境、治安、所得、教育環境、過疎化、地域の序列化のような問題は同和地区に限ったものではない。そのための地域対策は、目的、対象地域、予算を全て明確にして行うのが通例であって、地域を匿名とすることは他に例がないと考えられる。地域名が秘密であれば、具体的な問題点や解決方法を県民が率直に指摘したり議論することができないし、情報を知る一部の者だけの権益になってしまったり、1つの地域の問題であることがあたかも全ての地域に当てはまることであるかのような偏見を生じさせるおそれがある。それぞれの地域には特色があり、どれ1つとして同じ地域はないのだから、地域名を出して議論することが地域を尊重することであり、同和地区とひとくくりにしてあたかも共通するものであるかのように扱うことは、一見差別解消の手段のようで、実は健全な問題解決の手続きから一部の地域を隔離することである。