住所でポン!と衆愚政治

ひとつの社会実験、また現実を突きつける方法として、さまざまな意味合いで公開した住所でポン!(Torをお使いの方はこちらをどうぞ)ですが、やはりというべきか通報されまくっています。要はただの電話帳なのですが、個人情報保護ということが叫ばれて久しい今ではこれを「犯罪」と思い込んでいる人が多いようです。じゃあ、どの法律のどの条文により犯罪なのかと聞いても、だれも答えられません。何となく「ネットに本名住所を載せてはいけません」という空気が、ありもしない犯罪が存在するような錯覚を起こさせているのでしょう。

ネットも携帯電話もなかった頃といえば、遠くの人との交流手段は手紙か固定電話でした。家の電話機の横には必ず分厚い電話帳があり、知り合いや親戚の電話番号を調べてかけるというのが当たり前のことでした。電話帳にはもちろん個人の住所と電話番号が羅列してあるのですが、それを見て「個人情報だ」とわざわざ特別視する人もいませんでした。今でも特に年配の人の感覚はそうではないかと思います。

今でも電話帳というのは人と人との交流のための1つのツールであるはずなのですが、いつしかストーカーや詐欺や悪徳商法など、悪用方法だけが強調されるようになってしまいました。だから、固定電話というものに馴染みが薄いネット世代にとっては「悪用以外に使えないもの」ということになってしまうのでしょう。本来は、古い友人と連絡をとったり、遠くの親戚を気遣う用途にも使えます。迷惑にならない範囲で政治活動や商売にも使えます。そうしないと政治や経済が回らないですから。

確かに悪用することもできる。では、電話帳をネットに転載してはいけない根拠というのは何でしょうか?実際は、下に載せているとおり電話帳を電子化して検索できるようにしたソフトが多数売られています。これがNTTの正式な許可を得たものかどうかと言えば、そうではなありません。電話帳の内容は著作物ではなく情報の羅列に過ぎないからです。たとえば、人名や団体名を様々な出版物から収集して、新たにリストを作って出版することに何ら制約がないのと同じです。

実際、著作権法にも個人情報保護法にも違反していません。倫理的にどうかと問われても、例えば先の電話帳ソフトとの違いは何でしょうか。最大の違いは、「自分の情報がある」ということが簡単に確認できるかどうかでしょう。電話帳ソフトはそれなりの値段がするので、わざわざそれを買った人が「何で自分の名前が載っているんだ!」とソフトメーカーに苦情を言うことはめったにありません。ソフトメーカーは一応「個人情報削除要請の窓口」というのを用意していますが、そもそも多数のメーカーのソフトに自分の情報が確かに掲載されているか確認することが難しいわけで、形式だけのものです。「うちは個人情報保護をしています」という体裁だけ整えるために。

タイトルに「衆愚政治」と書きましたが、日本の個人情報保護制度にはそのような面があります。以下は、Wikipediaからの引用です。

また有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を指す。エゴイズムは自己の積極的利益の追及とは限らず、恐怖からの逃避、困難や不快さの回避や意図的な無視、他人まかせの機会主義、課題の先延ばしなどを含む。

判断力の乏しい民が意思決定に参加することで、議論が停滞したり、扇動者の詭弁に誘導されて誤った意思決定をおこない、誤った政策執行に至る場合などをさす。また知的訓練を受けた僭主による利益誘導や、地縁・血縁からくる心理的な同調、刹那的で深い考えにもとづかない怒りや恐怖、嫉妬、見せかけの正しさや大義、あるいは利己的な欲求などさまざまな誘引に導かれ意思決定をおこなうことで、コミュニティ全体が不利益をこうむる政治状況をさす。また場の空気を忖度することで構成員の誰もが望んでいないことや、誰もが不可能だと考えていることを合意することがある(アビリーンのパラドックス)。

本来の目的を離れて法律が一人歩きして、何ら深い思慮もなく「ネットに個人情報を載せるのは危険だ」という空気が広がって、たかが電話帳で大騒ぎするような国民を生み出してしまったわけです。電話帳ソフトを買ったり、国立国会図書館で過去の電話帳を漁ったりする人は、ネットユーザーより安全だという保障なんてどこにもないし、逆に特別にネットユーザーが危険だという根拠もどこにもないわけですが。

確かに最近では亀岡の交通事故大津のいじめ自殺事件で関係者の本名住所がネットで晒されて、大津の教育長が襲われるという事件がありましたが、個人特定のために紙の電話帳などのリアルなツールが活用されておりネットは関係ありません。それにしても「アホにおもちゃをもたせると危険」とでも言うかのように隠してしまうのは愚民化政策に他ならず、まっとうな情報の利用方法を推進するべきではないでしょうか。ただ個人の本名住所を晒すのでも、「皆の衆、こいつが犯人だから攻撃しろ!」とけしかけるのと、被害者の支援や、逆に真実を究明して公正な裁判や冤罪の防止に活用しようというのでは、天と地の開きがあります。

それでも住所でポン!に納得出来ない方は、国会議員に個人情報保護法改正を訴えるのもいいでしょう。

このブログを訪れ、わざわざ文章をお読み下さった方は、大阪における衆愚政治の事例もご覧頂ければ幸いです。

伏せ字の解放令

明治4年太政官布告、いわゆる「解放令」を根拠に、同和減免は無効だと主張する住民監査請求を鳥取市に出したことは以前お伝えしました。その結果がこちらです。戦中戦前の検閲された書籍みたいに、伏せ字だらけです。

鳥取市長措置請求に基づく監査結果について

伏せ字

同和地区名が隠されるのはお約束として、「非常に古い法律である解放令が有効と判断されるのか?」というのが1つのポイントでしたが、ご覧のとおり伏せ字にされるという、さらに予想外な結果となりました。「穢多非人」という言葉が放送コードにひっかかるようです。とは言ってもれっきとした公文書で、もとは公に布告されたものなので伏せる理由がないとは思うのですが。

「人権に配慮し、一部地名等の表示を略す」とありますが、「等」とは解放令に書かれた「穢多非人」というわけです。政府による初めての部落解放宣言である解放令を、人権に配慮して鳥取市が伏せ字にするというのは、これもまた同和の矛盾を凝縮していると思います。

水平社宣言にも「エタ」という言葉があるので、これも公文書に載せる場合は伏せ字にしなければいけないのでしょうか?「誰を」解放するのかということを言わずに、「解放」を達成できるのでしょうか?

同和問題に限らず、単に説明責任の放棄、保身、逃避のための、形式だけの秘密保持や個人情報保護というのが近頃は横行しているように感じます。

同和地区を持つ学校における指導の実際

今から50年近く前の同和教育研究資料です。当時は同和地区の児童生徒に対する学力保障、地区内外での仲間づくりということが重視されていました。今の「人権教育」とはかなり違っていると思います。

同和地区を持つ学校における指導の実際1964.pdf

校区内に同和地区があるからと言って、学校名を伏せるというような発想も当時はありませんでした。以下の学校での取組が報告されています。

  • 奈良県大和郡山市立 矢田小学校
  • 長野県長野市立 大豆島小学校
  • 滋賀県高島郡安曇川町立 安曇小学校
  • 群馬県群馬郡倉淵村村立 倉淵小学校
  • 大阪府富田林市立 第一小学校
  • 長野県長野市立 山陽中学校
  • 和歌山県和歌山市立 東和中学校

去年鳥取県の小学校で立場宣言(部落民宣言)が行われる

鳥取県の議会の議事録を見ていたところ、去年9月に共産党の錦織陽子議員からこんな質問がされていました。

ことし2月、旧同和地区を有する小学校の6年生の人権同和教育の過程で、児童に校区内の旧同和地区名を知らせ、該当する児童に旧同和地区出身者であることを発表させました。この児童Aさんが中学に入学した7月には、部落差別の人権学習で、地区住民から体験談を聞いた感想を各クラス代表1名が発表する学年集会を持ち、AさんのクラスだけはAさんを含めて2人発表しました。Aさんは、旧同和地区の出身であることを話しましたが、このとき泣きました。そして当日、学級代表者の発表の後、生徒全員にその場で感想を述べさせ、当日どうしても感想を述べなかった3人の生徒がおり、翌朝、改めて学年集会を持ち、3人の生徒に感想を述べさせました。教育現場で、しかも人権の学習をする中で、生徒たちの発達過程も無視するようなことが行われています。私は人権侵害だと思いますが、教育長の見解を伺います。

それに対して横濱純一教育長がこう答えています。

そのような学習の中で、例えばいじめにかかわった経験だとか、あるいは外国出身のお母さん、お父さんがいるということとか、あるいは障害のある兄弟姉妹がいるということとか、そうしたことをより学習内容の充実につなげるため、児童生徒が自分自身と人権の問題にかかわるという面で意見発表する場面もございます。今の議員のお話で、学校の事例がございましたけれども、私どもの把握では、そのような事実は確認しておりません。生徒は、自分のことを発表できてよかった、あるいは友達が頑張れと言ってくれるのでうれしいというようなことを言っているというふうに聞いております。
このような取り組みでは、発表する児童生徒は自分の思いや願いを伝えていき、また、聞く側の児童生徒も発表の内容をしっかり受けとめて、自分自身の問題として振り返っていくことで、人権学習を深めていくというぐあいになっております。生徒が発表ができてよかったというふうに肯定的に話しているというのは、恐らく自分自身も思いを伝えることができましたし、周りの生徒もしっかり思いを受けとめてくれて、ともに差別をなくしていこうという思いを共有できたということを実感できたからではないかというふうに考えております。
いずれにいたしましても、人権学習に取り組む際には当然発達段階のことも考えなければいけませんし、本人及び保護者の理解が大切でありますし、そうした方々の協力をいただきながら推進していきたいというふうに考えております。

要は立場宣言をやっているということのようです。

具体的な小学校は述べられていませんが、米子でやっていたということなので、この地図を調べれば、こういった見世物をする小学校はどれなのか、おのずと絞られるのではないかと思います。

鳥取県だけでなく、全国で行われていた、あるいはまだ行われている立場宣言は、昭和50年代の「狭山闘争」が起源です。狭山事件で石川一雄氏への無期懲役判決への抗議に、同和地区の児童生徒を参加させました。

平日に裁判へ抗議する集会に児童生徒を参加させれば、当然学校を休まないといけないので、「なんであそこの部落の奴らだけ休むんだ?」となります。すると、必然的にあそこは被差別部落だということを説明せざるを得なくなってしまいます。

当時は「寝た子を起こすな論」が強かったこと、さらにそれ以前の問題として教育の政治利用であり、とんでもないことだということで各地の教育委員会から反発があったのですが、鳥取県の場合は結局県教委が「黙認」してしまいました。そのため、同和教育については市町村教委の県教委に対する不信感が未だに尾を引きずっている、そんな話を聞いております。

今までは何とか行政の管理下にあった同和教育が暴走して、公然と運動団体の「解放理論」が教えられる、指導書からは政治的中立という文言もなくなってしまう、そんな節目となった出来事でした。

とっとり県民学習ネットの講師の選定方法

朝鮮総連の朴井愚氏が人権問題の講師をしていたという記事で、とっとり県民学習ネットの講師をどうやって選定しているのか、聞いてみたところ、回答があったため、掲載します。

とっとり県民学習ネットでは、公民館や学校、企業などが講演や研修会、文化教室
などの活動を行う際に指導いただく講師を、人材情報としてホームページで御紹介
しています。
 お尋ねのあった講師登録については、各市町村教育委員会(公民館含む)や学校
等から過去に講師実績のある方を推薦していただくほか、本人の申請に基づき、過
去の実績を勘案した上で登録しており、いずれの場合も登録の趣旨や運用方法を説
明した上で申請していただいています。
 また、講師依頼時に適切な講師を選択できるよう、次のことを行っています。
①各講師には、過去の講演等での活動報告を毎年求め、ホームページ上で公開してお
り、依頼側は、登録されている講師の過去の実績を参考に講師を選択することがで
きます。
②講師の連絡先は、個人情報保護の観点から公開しておらず、講師の依頼は当課へ連
絡いただくこととしており、その上で必要に応じ講師に関する情報をお知らせして
います。特に学校が依頼する場合は、事前に必ず当課に問い合わせるよう伝えてい
ます。
最後に講師の登録のあり方について、これまでも個別に講師として適当でないと判
断した場合の登録取消しはありますが、例えば講師を推薦いただいた関係機関との
情報交換等を通じて登録リストの見直しを随時するといったチェックまではしてお
らず、反省すべき点であると考えています。
今後も依頼される方が適切な講師選択が行えるよう、上記の取組みや対応を徹底
し、とりわけ学校からの依頼につきましては慎重に対応したいと考えております。

このページはまだ生きているようですが、そのうち消えるのでしょうか。

湖陵高校で行われた朝鮮総連委員長による人権問題講演

朝鮮新報に、今年6月24日鳥取県立湖陵高等学校で在日朝鮮人の人権問題について講演が行われたという記事が掲載されました。そのことについて、地元の方から県庁に問い合わせたことが県民の声に掲載されていましたが、その詳しい内容が送られてきました。
以下にその内容を掲載します。
問い合わせ

先日、インターネットで、北朝鮮政府指導傘下におかれている朝鮮総連機関誌「朝鮮新報」を読んでいましたところ、大変気になる記事(http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2009/01/0901j0721-00002.htm)を見ましたので、是非とも、この高校と関連する窓口である県民室に質問と調査の要請をお願いしたいと、存じます(6月24日湖陵校人権問題講演記事)。
ごらんの通り、その記事の内容は、在日朝鮮人の人権問題として企画されたもののように推察されます。しかしながら、この記事の内容を読んでみると、奇妙なものとして受け止めざるを得ません。たとえば、▲ア、「日本が拉致問題に固執して六者会談が破綻した」▲イ、このことをうけて「朝日関係が類をみないほど硬直化し」ている▲ウ、「民族差別に関する啓蒙も大切だが・・「朝日平壌宣言」の実現のために尽力すること」等が、あげられます。
この内容のどれをとってみても、こん日の殆どの日本人から見ればとうてい納得できるものではありません。そもそも、万景号を使い日本人拉致の指示を受けて、多数の日本人拉致に手を貸してきたとされるのは総連であり、また六者会談の協議を、核の開発、ミサイル発射等で、日本人を恐怖に陥れているのは、総連を指揮指導している北朝鮮であります。これらこそ日本側にとって喫緊の重大な人権侵害問題ではないでしょうか。
ところが、この記事には、総連の機関誌であることを割り引いたとしても、それらしき形跡はまったくなく、いったい日本の教育機関に従事する、教師達が企画したものとは到底信じがたい内容であります。
こういったことから、このたびの湖陵校の人権に対する取り組みは、なんとも奇妙で不可解としか言いようがありません。つきましては、本当に、朝鮮新報に報道された通りなのかどうか、下記に示しますので、8月末日までに、質問と調査を致したく、頂きたくお願い申し上げます。
なお、重ねて申し上げますが、この質問した私の名前が特定されないよう、とりわけ総連並びにその関係者には、いかなることがあろうとも絶対に解らないよう、伏してお願い申し上げます。

1、鳥取県(高等学校課又は人権局)は、この湖陵校が企画した、人権教育を事前に知らされていましたか。
2、鳥取県(高等学校課又は人権局)は、この湖陵校が企画したこの人権教育についての報道について、どのように評価されるのでしょうか。
3、鳥取県(高等学校課又は人権局)は、湖陵校が企画したこの人権教育についての報道に関して、事実確認、実態調査されますか。
4、本報道からすれば、「・・サインした「朝・日平壌宣言」の実現のため尽力することだと強調・・」と講演されたようですが、これは政治的発言であり、地方公務員の政治活動に觝触する可能性があります。写真字幕の標題に「・・人についてどのように取り組むか」となっていることから、つまり政治的「取り組み」であり、許されますのでしょうか。
5、この人権教育を企画した主体は、どなたでしょうか。
6、この講演会で配布された資料の写しは情報公開の見地から、頂けますでしょうか。
以上

県の回答

ご質問いただいた件について次のとおりお答えいたします。
1 事前通知について
 今回の研修会に係る事業計画書は事前に人権教育課が受理していました。
 いじめ等がない人権に配慮された学校づくりは人権教育の柱の一つであり、教職員は自校のすべての生徒が安心して学校生活がすごせるよう配慮する必要があります。
 現在、鳥取県立学校では、外国籍の生徒、同和地区出身の生徒、障害がある生徒、病気にかかっている生徒、一人親家庭の生徒など、配慮が必要な生徒が増えつつあり、色々な立場の方からお話を聞く教職員研修は必要と考えています。
 しかしながら、社会情勢、国民感情などから見て講師選定に配慮が足りなかったものと県教育委員会としても反省しており、校長会等を通じて、今後は適正な講師選定を行うよう指導しました。
2 報道の評価及び事実確認について
 7月22日に湖陵高校を訪問し事実確認をしたところ、当日の研修においては報道にあるような一方的な見解による政治的な話はなく、報道に誤りがあることが判明しましたので、7月23日に校長とともに朝鮮総連を訪問し、抗議の上、記事の訂正を申し入れました。
3 地方公務員の政治活動及び標題について
 教職員に政治活動を促すことを目的にした研修会ではありません。
 演題の「在日外国人問題についてどのように取り組むか」は人権に配慮された学校づくりに向けてどのように取り組んでいくかということを意味しています。
4 企画主体について
 校内で実施される教職員研修はそれぞれの学校で企画します。
5 講演会資料の提供について
 鳥取県情報公開条例に基づく開示請求手続をされた場合、審査の上開示の可否について決定します。
 ○公文書開示 
6 校長の感想について
 校長からは、「色々な立場の方からお話を聞くという主旨に沿って、在日外国人の方から福祉・教育などの面で困難な状況にあったことやその改善のための取組についてお話を聞くことができ、人権に配慮した学校づくりについて改めて考える機会になった」、「今回のケースについては、社会情勢、国民感情などからみて講師選定に配慮が足りず、反省している」と聞いています。

講演を行ったのは朝鮮総連鳥取県本部委員長の朴井愚氏です。朴氏と言えば、人権尊重の社会づくり協議会に参加して、人権条例の制定に関わっていた人物です。今は協議会の委員ではありません。
今回は湖陵高校の校長が講師を選定した経緯があって、教育委員会が校長会等を通じて、今後は適正な講師選定を行うよう指導したとありますが、朴氏のことは以前から「とっとり県民学習ネット」に、在日外国人の人権に関する諸問題の講師として掲載されています。
とっとり県民学習ネット
どのような基準で人権問題の講師として掲載されているのか、問い合わせ中です。

鳥取工業高校の糾弾会の後日談

以前、鳥取工業高校と鳥取西工業高校の差別事件という記事でご紹介した事件の当事者の後日談と考えられる記事をコメント欄でご紹介いただきました。
おそらくは鳥取工業高校で、「世界を征服したら何をするか」という話題で「お前の住んでいるところを被差別部落にするぞ」と発言した生徒の事を解放同盟に報告した人だと思います。後日談の概要は次の通りです。
解放同盟の救いようのない糾弾会を見て不信を抱く → 自分の報告が原因で友人の家族が失業したことに責任を感じて解放同盟を離れる → 民青と人権連に加入
以下は引用です。

… 略…
 高校時代は解放運動一色で解同とともにあった気がします。日常的に解放運動に触れるなかで解同や同和教育の強い影響を受け、自分の中で「差別はまだ残っている」、「自分は差別されている側の人間なんだ」、「部落外の人は皆、差別者だ」という歪曲した意識だけが独走し始めます(これは後に、事件を起こす種となっていく)。
 ある時、私と友達二人の計三人で下校途中に、「自分が権力者になったら何をするのか」という話で盛り上がっていました。友達の一人が私たちが想像できないことをするという趣旨の話をしたあと、もう一人の友達が、「そんなのできるはず無い、無理だ」と言ってお互いに笑いながら他愛も無い話をしていました。話を否定された友達が否定した友達に対して、「そんなこと言うなら、お前の住んでるところを被差別部落にしてやる」と笑い話の流れでいいました。  
 当時の私はその言葉を聞いた瞬間、冗談話ながら思考が停止し、間接的に差別をされたと思い込み、解放研と解同に相談するにいたります。
 このほかにも、高校において差別発言や差別落書きがおこなわれていたことから、解同が高校の先生方を引っ張り出し、糾弾会をおこないました。百人以上の解同側にたいして先生方は二十人程度と少ない状況でした。解同による言葉の暴力、言葉のリンチが激しくおこなわれ大変でした。このとき解同の攻撃的な部分と、物事を客観的に捉えることなく感情をむき出しにする性格をはじめて知りました。
 解同が差別をなくす、差別をしてはいけないと理想を掲げている団体なら、建設的に、どうしたらよいのか、どうしていかなければ現状を変えられないのかと、学校(事柄がおきた場所が学校であったため)、当事者等と時間がかかっても、まずは協議及びフォローしていく姿勢を打ち出し、取り組んでいかなければいけないのではないかと疑問を覚えました。そして、私の相談がもとで、友達の家族が職を失う結果となってしまったことに責任を感じて解放運動から身を引きました。
 以来、部落差別・差別というキーワードは自分の中で最大の関心事項でありながら蓋をしましたし、信じたものに裏切られるのは怖いと人間不信になり、内面的な人との関わりも拒絶して暮らしてきました。
 私の転機になったのは日本民主青年同盟(以下 民青)と人権連に出会ったことです。
… 略…

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最近の鳥取市の結婚差別の実情

「とっとり市報」に載っていた記事があまりに凄まじかったので転載します。

部落差別は今 若者たちが語る
市内在住のAさんは社会人2年目。悩みがあるということで高校の恩師に相談したら、先生と同級生のBさん、Cさんが集まってくれました。
恩師 さすが、学生の時に部落問題について一緒に学習した仲間だけあって、ちゃんと来てくれたなあ。
本人A ほんと、ありがとう。 友人B そんなの当たり前だって。
恩師 A君、さっそくだけどみんなに話してみたら?
本人A 大学時代からつきあっている彼女がいて、最近「結婚」を意識するようになったんだ。そろそろお互いの家族にきちんと話をした方がいいだろうということになって、彼女が自分の家族に僕が被差別部落出身だということを話したんだ。そうしたら、彼女は、家族に「部落の人と一緒になったら幸せになれない」と言われたらしい。
友人C 彼女はなんでそのことを家族に話したの?
本人A 家族にきちんと伝えてほしいと僕が言ったからね。
友人B A君は家族に反対されるとは思わなかったの?
本人A 不安は多少はあったけど…。
友人B A君の彼女は何って言ってるの?
本人A 家族の言うことは間違いだと思ってる。でも、「Aのことは大好きだけど、今まで育ててもらった親を裏切ることはできない」と、泣きながら電話してきた。それを聞いてから、僕はもうつらくて。まさか自分がこういうことになるとは思わなかったから。
恩師 それで私に電話してきたんだね。
本人A そうなんです。職場の人にも相談できないし、分かってくれる友達も近くにいなくて。1人で悩んでいたらどんどんつらくなってきて。
友人C オレの彼女も、部落差別の歴史とか、全く知らなくてね。話してみたら興味を持ってくれたから安心してたんだけど、A君の話を聞いて、すごく不安になってきた。
友人B 私も、実は最近つきあいだした人がいて、私が被差別部落出身だということを話したの。そうしたら、彼氏は「ふーん、それがどうしたの?」っていう反応で。気にしてないのか、興味がないのか分からないけど。彼氏には親にそのことを話すように頼んだんだけど、彼氏の母親が、「つきあうのはいいけど、結婚はだめ」だって。A君の場合と全く同じ。
恩師 結婚したいのにできないなんて、どちらにとっても不幸だね。A君やBさんがつきあっている人は、同和教育を受けているんでしょ?
本人A いえ、ほとんど知らずに大人になってるみたいで。
友人B 昔の話という感覚みたいですね。
本人A 家族はもっとひどくて。部落の人は生活や文化が違うとか、執念深いとか思っているらしい。
友人C それはひどいね。
恩師 なぜA本人を見てくれないんだろうね。憤りを感じるね。差別は見えにくくなっているという人もいるけど、やっぱりなくなってないんだなあ。
友人C でも、被差別部落出身だということで悩んでばかりというわけでもないですよ。もちろん差別を受けるのはつらいけど、実際に差別を受けているからこそ見えることや考えられることもあるし。
友人B 私もそう思います。差別がある人間関係も、やさしさとぬくもりのある関係に変えることができるんじゃないかって…。だから、被差別の当事者である自分を積極的に受け入れようという自分もいるんです。
本人A うん、2人に元気づけられた。やさしさとぬくもりのある地域社会を、僕たちの世代が作り上げていくっていうことかなあ。まずは、彼女の親としっかり話ができるように頑張ってみます。
これは数カ月前に実際にあった話です。人生の節目である結婚で、今でも差別を受けている人々がいるのです。
差別を解消し、やさしさとぬくもりのある関係をつくるために、「気づくこと」「思いをはせること」を大事にし、今一度「自分の問題とする」ことを考えてみる必要があるのではないでしょうか。

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県立高校にある「同和地区出身生徒の名簿」について保護者から突っ込まれる

鳥取県の「県民の声」で面白いやりとりがされているのでご紹介します。2008年5月27日の「学校内での人権意識」についてです。

問1:ホームページの意見欄になぜ「同和地区リスト」と記載されないのですか。
(答) 過去の回答において、「同和地区リスト」の表記を使用しなかった理由についてですが、「同和地区リスト」という表記は、結婚差別や就職差別に利用された「部落地名総鑑」を連想させることから、あえてその表記を行わなかったものです。
問2:県立高等学校における「同和地区リスト」の作成状況について回答してください。
(答) 「部落地名総鑑」の類のものは当然のことながら所有していません。
 「同和地区出身生徒の名簿」(以下「リスト」と表記します。)の作成状況についてですが、平成14年3月31日に「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」(特別措置法)が失効するまでは、国庫事業を主とする同和対策事業 (地域改善対策事業)が実施されていたので、事業実施の必要からリストが作成されていたと認識しています。
 なお、現時点における各県立高校におけるリストの作成状況については把握していません。
 収集した個人情報は教育活動にどのように活かしていくかという点が重要であり、管理方法が、リストなのか、個票なのか、特定の教職員の記憶の中にとどめるのかといったことは、その学校の規模やその個人情報の活用方法等によって異なり、それぞれの学校の判断に委ねています。
問3:引き続き各学校への指導を継続したいということですが、どのような指導をされるのですか。具体的に指導内容についてお答えください。
(答) 前回の回答でも触れましたが、「人権に配慮された安心して学べる環境づくり」についても人権教育の一環として位置づけており、各学校では、障害や病気、国籍や同和地区出身であることなど、理由の如何を問わず、いじめや仲間はずし、あるいは差別的な発言や落書き等が起きないよう十分留意するとともに、収集した個人情報も活用しながら、人権課題の当事者となる可能性がある生徒に対して日頃から配慮するよう各学校を指導しています。
 また、学校で人権学習に取り組む際においても、当事者の心情を考慮し、当該生徒の心に大きな負担を与えたり、不安を残すことのないよう、学習の進め方を工夫するなどの配慮を行う必要があり、こういった取組や手法等についても、各学校へ指導を行っています。(「日頃の配慮」)
 このことについては、平成20年4月に文部科学省から公表された「人権教育の指導方法等の在り方について[第3次とりまとめ]」にも次のとおり明記されています。
 「個別の人権課題に関する学習を進めるに当たり、児童生徒やその保護者、親族等の中に、当該人権課題の当事者等となっている者がいることも想定される。教職員の無責任な言動が、児童生徒の間に新たな差別や偏見を生み出すことがあることを認識するとともに、個人情報の取扱いには、十分な配慮を行う必要がある。」
 傷ついた心を癒すことや、一度崩れた人間関係を修復することは困難で時間がかかります。不登校や退学に発展する可能性もあり、将来に大きな影響を残すこととならないよう、日頃からの配慮が重要である旨学校への指導を行っています。
問4:「指導を行う上で必要な生徒のみの当該情報」とありますが、なぜ、同和地区に住所があるだけで指導を行う上で必要な生徒」に該当するのですか。同和地区に住んでいるだけで、なぜ指導が必要なのですか。
(答) 前回の回答に誤解が生じているようです。説明不足をお詫びします。
同和地区に住所があるだけでは指導が必要な生徒には該当しません。
 保護者の方との面談や家庭訪問の際に、「子どもが差別を受けて傷つくのではないか」と部落差別に対する不安や「差別に負けない人間になってほしい。」など保護者としての希望をお聞きすることがあります。その場合には、当該生徒に対し、生徒面談の機会などを利用し、学校生活全般を通じて不安を抱いていないか確認するとともに、必要に応じて不安を取り除くよう指導を行うこととしています。また、学校で人権学習に取り組む際にも、事後に感想を聞くなど確認した上で、必要に応じて指導を行うこととしています。(「必要な指導」)
一方、保護者の方との面談等の際に、「同和地区出身だけど、子どもを同和地区出身者として扱ってほしくない。」、「同和地区出身だけど子どもに特別な配慮は必要ない。」といったお話を伺うこともあり、そのように不安を抱えておられない場合には、原則としてこのような指導を行うことはありません。なお、生徒の様子から指導が必要と判断した場合には、保護者の方と相談の上で指導を行うこともあります。
問5:この問題は、私だけの問題ではなく、同和地区保護者全体の問題だと考えますので明確な回答を願います。
(答) 質問に対する回答は概ね説明のとおりですが、これらの取組が必要とされるのは、現在においても残念ながら部落差別が存在しているからです。
平成17年に県が行った「同和問題についての県民意識調査」において、半数を超える方が「部落差別は存在する」と回答されています。また、子どもの結婚の際に相手の身元調査を行うことに約35%の方が肯定的な回答をされています。
このような現状の中、県教育委員会としては、同和問題を含むあらゆる人権問題の解決に向けて、学校教育のみならず社会教育の場面でも人権教育を推進していくこととしています。
同和地区出身の方々の中にも色々なご意見があることは承知していますが、現実に部落差別に不安を感じている保護者の方や生徒がいる以上、学校としては前述の「日頃の配慮」と「必要な指導」に取り組む必要があります。そのためには、個人情報保護条例に基づき適切に管理することを前提に、生徒の同和地区出身である旨の個人情報を保有しておく必要がありますのでご理解いただきますようお願いします。
 
 なお、当初の県民の声で、「県立の高等学校内で、同和地区生徒のみを対象とした文書をクラス全員の前で配布された事があり」と記載されていましたが、さぞかし不快な感想を持たれたと思います。その行為は、明らかに前述の人権教育の一環である「人権に配慮された安心して学べる環境づくり」に反する行為です。
 よろしければ、「いつ」「どこの高校」で「どのような文書」が「どのような状況」で配布されたのかご連絡いただければ、当該県立高校の個別指導を行いたいと考えています。
【6月16日掲載】 

「同和地区出身生徒の名簿」の作成事務については以前、個人情報保護審査会に諮問されているようで、平成18年5月30日の議事録にそれらしい記述がありました。

【人権教育課(以下「人権」と略す。)説明】
同和地区生徒等指導事務について説明。
【質疑】
委員 要するに生徒をきめ細かく指導するために必要であるということか。
人権 そのとおり。
委員 人権問題の解決のためにという制限があるので特に問題はないのではないか。

学校で同和地区の児童生徒が把握されていることは秘密でもなんでもないことでしたが、そもそも「どうして同和地区の児童生徒を判別できるのか」という問題については、また詳報することになるかも知れません。

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倉吉東高の同和教育

つい最近倉吉行われた同和教育の内容が分かるウェブサイトを見つけました。
部落出身を自称する講師による講演会がおこなわれており、以下が講師のプロフィールです(リンク先のサイトに書かれていたので、そのまま載せます)。

橋本智洋さんプロフィール
 1967年 岩美町に生まれる。
 1990年 小学校教職員として勤務。
 2000年 自分が被差別部落出身であることを同僚、こどもたちに語る。
 2001年 第9回岩美町部落解放文化祭で自分の生い立ちを語り、唄う。
  以来、自分と部落差別の問題とのかかわりを、振り返ることを通して考えつづけている。
  現在、鳥取市立末恒小学校勤務
  鳥取県部落出身教職員連絡会所属
  部落解放同盟岩美町恩志支部同盟員
人権教育講演会

参加された方の感想を1つピックアップします。全ての感想はこちらからご覧になれます。

 隠しても隠しても逃げても逃げても苦しくて仕方がない、もやもやした苦しみを率直に語ってくださったのが、新鮮だったというか納得できたというのが素直な感想です。今まで差別に対する怒りや差別に立ち向かっている方の強い生き方を聞くことが多かったので、自分の生い立ちの中でその都度感じられたことや考えられたことを振り返りながら語ってくださったことがありがたかったです。
 
 自分自身を振り返りながら聞きました。差別は私とあなたの具体的なかかわりの中でなくしていくもの、自分自身を見つめ振り返ることを通してなくしていくものということはその通りだと思います。しかし、一方で「自分自身を振り返る力」をどう育てていくかということが大きな課題となってきているのではないかと思います。各家庭での子育ての中で、また学校生活のさまざまな体験の中で「振り返る力」は育てられていくのではないかと思います。
 いじめた子に振り返らせることは難しいという言葉に一番どきっとしました。自分の中にある差別意識に気づかない限り差別はなくならないとすると、部落問題の解決をはじめ、人と人とのかかわりの中で生まれてくる差別をなくしていくためには今まで以上に努力や本気の取り組みがなければいけないのではないかと思います。
 まず自分自身が「振り返る力」をと思うので、また講演会等に参加していきたいと思います。
 歌詞の中にたくさんの本音の言葉があり、自分も詩を書いてみると本心に気づくかもしれませんね。きれいごとでなく…

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