本日付で、最高裁判所宛の上告理由書・上告受理申し立て理由書を送付しました。上告理由書の文面を掲載します。上告受理申し立て理由書は後日掲載予定です。
平成21年(行サ)第1号 公文書不開示処分取消等請求上告事件
第1 はじめに
1 事案の要旨
本件は上告人が鳥取県知事に対し、鳥取県情報公開条例(以下「本件条例」という)に基づき、部落解放同盟の関係団体である部落解放鳥取県企業連合会(以下「企業連」という)が行った、公共工事の指名競争入札に係る加点研修の実績報告書、受講者名簿(以下「本件文書」という)を開示請求したところ、鳥取県知事が受講者名、所属企業名等を開示しないとした処分が本件条例および憲法14条に違反するとして、処分の取消しと本件文書の全ての内容について開示処分の義務付けを求める事案である。
2 原判決の要旨
原判決は、本件文書の内容のうち、受講者の合否と役職は本件条例により開示するべき情報であるとして上告人の訴えを認めたが、受講者については同和地区出身者と認識されるおそれがあるため、個人の権利利益を侵害するおそれがあるとし、所属企業名については同和地区出身者が経営する企業と認識されるおそれがあり、法人等の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある、なおかつ本件処分は門地による差別をしたものではないとして、上告人の訴えを却下したものである。
第2 理由要旨
1 民事訴訟法312条1項に係る上告理由
原判決で鳥取県知事は本件文書に記載された受講者(以降「本件受講者」という)と受講者の所属企業の経営者(以降、本件受講者とあわせて「本件関係者」という)の個人の門地を把握していないとしたことは、憲法14条1項の解釈の誤りである。また、同和地区出身者と認識されるおそれを理由とした行政処分は憲法14条1項の違反である。また、意識調査や落書き、投書を処分理由としたことは、憲法19条、21条1項の違反である。また、民間団体が同和地区出身者を自称することで第三者に不利益処分が行われることは憲法12条の違反である。従って、民事訴訟法312条1項の上告理由に該当する。
(1) 憲法14条1項の門地の解釈の誤りについて
本件関係者が近世の被差別身分と系譜関係があるかどうかを鳥取県知事が把握していなかったとしても、本件処分における同和地区出身者の定義によれば、同和地区出身者であるかのように一般に認識された者は、そのことが子孫にも影響することが明らかであるから「同和地区出身者と認識されるおそれ」は門地である。
(2) 憲法14条1項違反について
同和地区出身者を理由とした処分は、本件関係者の子孫にも影響するため、世襲による特別な権利を生むことになり、法の下の平等に反する。
(3) 憲法19条違反について
本件条例による情報公開請求権を持つ鳥取県の住民等(以降、住民等)に対する意識調査の結果を理由とした不利益処分は、思想及び良心の自由の侵害である。
(4) 憲法21条1項違反について
落書きや投書の内容だけを問題として情報公開に係る不利益処分の理由とすることは言論の自由、知る権利の侵害である。
(5) 憲法12条違反について
事実関係を調査することがはばかられるような門地を自称し、それによって第三者が不利益処分を受けることは信義に反し、権利の濫用である。
2 民事訴訟法312条2項6号に係る上告理由
本件関係者が同和地区出身者であるかという事実関係について理由不備と理由齟齬があるため民事訴訟法312条2項6号の上告理由に該当する。
(1) 企業連会員企業が取引を忌避される理由の不備
原判決の文章は、あまりにも曖昧な文章の上、落書きや結婚問題に関する意識が、どうして企業の取引の忌避につながるのか説明されていない。
(2) 同和地区出身者と認識されるおそれがあるという判断の理由齟齬
同和地区出身者と認識されるおそれを処分理由とすることは、同和地区出身者と認識されるおそれを生じさせるのであるから、循環論法である。
第3 憲法の解釈の誤りとその他憲法の違反(民事訴訟法312条1項関係)
1 憲法14条1項の門地の解釈の誤りについて
(1) 原判決では、鳥取県知事は本件関係者の個人の門地を把握しておらず、条例を適用した結果本件処分をおこなったものであり、憲法14条1項の門地による差別にはあたらないという趣旨の説明をしているが(原判決12頁12行目から22行目、第1審判決11頁3行目から10行目)、これは憲法解釈の誤りで、鳥取県知事は門地を把握し、本件処分を行った。
(2) 本件処分の理由に係る「同和地区出身者」とは近世の被差別身分との系譜関係を持つ者のこと(原判決8頁14行目が引用する第1審判決6頁下3、2行目、第1審被告第1準備書面第1の4の(2))である。近世の被差別身分とは、具体的には穢多非人等(明治4年太政官布告第448号「穢多非人等ノ称被廃候条自今身分職業共平民同様タルヘキ事」および、同第449号「府県 穢多非人等ノ称被廃候条一般民籍ニ編入シ身分職業共都テ同一ニ相成候様可取扱尤モ地租其外除クz・了斗茱睛㌶係・蓮外曺哨景・・・萃澗臑⊂覆慍鳥能仍・廖砲里海箸任△蝓△海譴・竫。隠款鬘厩爐量臙呂乏催・垢襪海箸麓・世里海箸任△襦h(3) 確かに鳥取県知事は、本件関係者が近世の穢多非人等の血統にあるかどうかという事実を把握していない。しかし、同和地区出身者という身分が系譜関係によるものであるなら、今現在において同和地区出身者であるかのように認識された者は、子孫も同様に認識され得るのであるから、これは門地に他ならない。そもそも、穢多非人等の身分は純粋に血統によるものではなく、職業的な区分け、刑罰、飢饉等の避難民の管理といった目的で為政者や民衆により認識された、人為的なものである。
(4) 従って、鳥取県知事が同和地区出身者という事実の有無を把握していなかったとしても、今現在において「同和地区出身者であると認識されるおそれ」(原判決10頁下10、9行目)を把握し、そのような社会的身分にある者が穢多非人等の血統にあると認識されて差別の対象になると推定し、本件処分の理由としたことは、憲法14条1項の違反である。
2 憲法14条1項違反について
(1) 同和地区出身者であると認識されるおそれを行政処分の理由とすることは、世襲による身分や特権的地位を認めるものであり、憲法14条1項に違反する。
(2) 過去にも歴史的な身分に関係して行政上の特別措置が行われたことはあったが、その主要なものである同和対策事業でさえ、対象は「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」(同和対策事業特別措置法(昭和四十四年七月十日法律第六十号)第一条)とされ、現実の運用のされかたはともかくとして、少なくとも個人の身分を基準にはしておらず、地域の経済格差を解消することが目的であった。
(3) しかし、本件に当てはめれば、原判決は「部落解放同盟は、一般に同和地区出身者が部落差別の解消に取り組んでいる団体と認知されているところ」(原判決10頁12行目が引用する第1審判決9頁下4、3行目)としているので、部落解放同盟の会員の子孫も同和地区出身者と認識されおそれがある。従って、部落解放同盟が会員としての地位を世襲により引き継ぐ限り、企業連同様に部落解放同盟の会員による事業者団体を組織すれば、次の世代においても、原判決を判例として本件同様の理由で同様の処分が行われることになる。具体的には、経営する企業を特定できる情報が、情報公開制度によって公開されることを回避できる特権的な地位が世襲されることになる。なおかつ、身分以外の処分理由が非常に漠然としたものなので、処分理由が将来的に解消される見込みがない。従って、本件処分のようなことが看過されるのであれば、門地のみを理由とした特別な権利を認めることになる。
3 憲法19条違反について
(1) 住民等への意識調査を理由として、住民等に対する不利益処分をすることは憲法19条違反である。
(2) 原判決が、「(同和地区出身者との結婚問題に係る)鳥取県の人権意識調査の結果等(乙4号証および甲13号証)は、本件情報により、各受講者個人の権利利益を不当に侵害されるおそれがない情報と言えるかどうかを検討する上で価値ある証拠資料と言うことができる」(原判決10頁13行目から15行目)とし、「(部落差別に係る)落書きや結婚問題に関する意識から同和地区出身者が経営する企業に対する差別意識を推論することは不合理なものとは言えない」(原判決11頁3行目から5行目)としたことは、行為よらず、内心にとどまることを理由とした不利益処分を認めるもので、憲法19条違反である(なお、鳥取県の人権意識調査は自分の子供が同和地区出身者と結婚しようとする場合どうするかを聞いたもので、これは県民に穢多非人等の存在を認識させるものであるので、憲法14条の趣旨にも反する調査である)。
(3) 意識調査はあくまで内心の調査であって、それだけで実際の行動を判断できるものではない。わが国が法治国家であり、かつ憲法で思想・良心の自由が保障されている以上、差別意識を持ちつつも、法律を守るために、実際は人を平等に扱うように行動する人が数多くいることは十分に考えられることである。従って、現実に差別が存在するかどうかに関わらず、差別意識と判断されるような回答をする人が少なからず存在するのは必然のことであり、鳥取県の人権意識調査は、本件のような不利益処分を正当化するための踏み絵のようなものと言わざるを得ない。意識調査が本件処分の理由になるのであれば、不利益処分を回避するためには、意識調査で内心とは無関係な回答をさせるか、住民等の思想を統制する他に手段がない。
4 憲法21条1項違反について
(1) 落書きや投書、感想文の内容を理由に住民等に対する不利益処分をすることは憲法21条1項の違反である。
(2) 原判決は「(部落差別に係る)落書きや結婚問題に関する意識から同和地区出身者が経営する企業に対する差別意識を推論することは不合理なものとは言えない」(原判決11頁3行目から5行目)とした。本来、落書きの違法性は、他人や公共の財産を汚損したことにあるが、本件では行為そのものではなく、書いた内容が問題とされているものである。
(3) 判決の根拠となった、鳥取県内で起こった差別事象の資料(甲13号証)に挙げられている、駅のトイレや県立高校にあった落書きは、そもそも住民等によるものとは断定できず、子供が書いた可能性もあり、またその内容は「エッタはドロボウより悪い○を殺せ」であるとか、「死ネ部落民学園祭ニ出テクンナ」といった不穏当な内容を含んではいるものの、行為者の意図が不明であり、それだけでは具体的に誰かに危害を加えるような違法行為を生じさせるとは言えない。また、投書や感想文で同和地区について批判したようなものまで差別事象としているが、これらは自由に意見を書く機会を与えられた者が、単に率直な意見を書いたと考えられるものである。
(4) 憲法で思想・良心の自由、言論・表現の自由が保障されている以上、落書きのような形で差別的な思想を表現する人が少なからずいることは、行為としての差別がなかったとしても常に想定されることであるし、名誉棄損や侮辱でない限りは、投書や感想文で同和地区について批判的な意見を表明することは正当なことである。このようなことを差別事象として、企業連のような同和団体が行う事業の情報公開に係る不利益処分の理由とするのであれば、住民等が同和問題に関する情報を得る権利と共に、率直に意見表明する権利をも侵害するもので、憲法21条1項に違反する。
5 憲法12条違反について
(1) 利害関係者が単に自称しているだけの身分を理由に、第三者を不利益処分することは憲法12条違反である。
(2) 原判決で本件関係者が同和地区出身者と認識されるおそれがあると判断された理由の1つは、企業連の関係団体である部落解放同盟鳥取県連合会が、規約で自らの構成員が同和地区出身者であると自称しているからある(乙6号証)。しかし、この同和地区出身者という身分は人為的で、違法で、存在し得ないものである。鳥取県知事が部落解放同盟の関係団体である企業連に加点研修の運営を委託することで、非企業連会員に対する加点に関する情報は全て公開されるのに、企業連会員であることによる加点に関する情報だけは非公開にするといった、不公平な扱いをし、公共事業の入札制度や情報公開制度の健全な運用を妨げ、公共の福祉に反する状態を惹き起こしている。
(3) また、単に自称した身分を理由に本件処分のようなことが許されるのであれば、誰でも日ごろから同和地区出身者を自称し、そういった認識を周囲に広めておけば情報公開を回避することができる。
(4) 住民等の多くは、他人を差別するような行為は望まず、そのために他人の門地を詮索しないようにするものである。特に個人が穢多非人等の血統に属するかどうか調べることは(上告人が調べた限りでは、そもそも手段自体が存在しないのであるが)、反社会的な行為と認識されており、同和地区出身者を自称する者に対して疑いを持ったとしても、事実関係を確認することは困難である。従って本件のように特定の集団が同和地区出身者を自称することによって、第三者に不利益処分が行われることは信義に反し、憲法が保証する権利の濫用と言うべきもので、憲法12条違反である。
第4 理由不備、理由齟齬(民事訴訟法312条2項6号関係)
1 企業連会員企業が取引を忌避される理由の不備
(1) 原判決を要約すると、企業連の会員企業が同和地区出身者により経営されている企業であると認識されるおそれがあるとした上で、「同和地区出身者により経営されている企業であると認識されるおそれがあるところ、同和地区出身者により経営されていると認識された企業は、他の企業から取引の相手方として選択することを忌避されるおそれがないとはいえない」とし、その理由について「落書きや結婚問題に関する意識から、同和地区出身者が経営する企業に対する差別意識を推論することが不合理なものとは言えない。」(原判決10頁の下6行目から11頁5行目)というものである。
(2) この原判決の文章を検討したところでは、事実関係を主観的な問題に入れ替えている箇所が1つ、「ないとはいえない」のような二重否定が2つ、「おそれ」という表現が2つ、そして1つの推論を経るため、あまりにも曖昧な文章になっている。また、落書きや結婚問題に関する意識が直接に企業の取引に関係するとは考えにくいが、どのような過程を経て企業の取引の忌避につながるかの説明がされていない。従って、これは理由不備である。
2 同和地区出身者と認識されるおそれがあるという判断の理由齟齬
(1) 原判決は「企業連の会員企業は、現実にそうであるか否かに関わらず、同和地区出身者により経営される企業であると認識されるおそれがあるところ」(原判決10頁下から6行目から3行)「現実にそうであるか否かに関わらず、同和地区出身者であると認識されるおそれがあって」(原判決10頁下10、9行目)と述べているが、現実に同和地区出身者であるかどうか、具体的には本件関係者が穢多非人等の血統にあるか、事実についての判断を避けている。
(2) 「同和地区出身者であると認識されるおそれ」という文は、誰がそう認識するのかが不明確である。同和地区出身者という事実の有無を判断せずに、「同和地区出身者であると認識されるおそれ」があるという理由で処分を行えば、鳥取県が本件関係者を同和地区出身者と認識しているととれるし、処分を受けた住民等にも本件関係者を同和地区出身者と認識させるおそれを生じさせるものである。従って、これは本件処分を支持した原判決主文が理由となっている循環論法であり、理由齟齬である。
第5 結論
以上のとおり、原判決には憲法の解釈違反、その他憲法の違反と、理由不備、理由齟齬があるので、これを破棄するべきである。