鳥取工業高校と鳥取西工業高校の差別事件

2000年3月20日解放新聞より

学校で差別発言事件が多発 「おまえ、エタかいや」など
【鳥取】「おまえ、エタかいや」など、連続して五件の生徒による差別発言事件(別掲)が発覚した、県立鳥取工業高校などにたいする糾弾会を二月二十六日午後、鳥取市解放センターでひらいた。そのなかで、①「同和」教育は特設の授業だけどの認識で学校全体のとりくみになっておらず②差別発言や問題発言がその場で私的される状況になく③そのため部落出身者がみずからの立場を明らかにすることや差別発言を指摘し問題を提起することが困難になっている、ことなどが明らかになり、学校側との共通認識として確認した。さらに、生徒が安心して通える学校へと変革するために、①差別発言をした生徒の認識を分析し、学校としての課題を明らかにする②そのさい、PTAや保護者会へのとりくみがみえていないことをふまえて文書にする③県教委の見解はきわめて不十分であり、県教委としての責任を明らかにした見解をあらためて提出する、ことなどを確認。三月二十日までに文書を提出し、それをもとにひきつづき糾弾会をもつこととした。
鳥取県内、2年間に16件
鳥取県内では、この二年間で十六件の差別事件が中・高校で発覚。時間が経過してから部落解放研究交流会で打ち明けられるケースも目立ったため、教育現場でのとりくみの形骸化が指摘され、東部、中部、西部の県内三地協で糾弾会を積みあげ課題を明らかにし、最終的に県連が糾弾会を集約していくことにしている。今回の糾弾会はその一環で、東部地区協議会が主催。県立鳥取工業高校の五件、県立鳥取西工業高校の一件を対象にもったもの。二校の校長はじめ教職員、県教委、鳥取市行政など百二十人と他校の教職員ら七十人が出席、部落解放同盟からは中田幸雄・東部地協議長を先頭に百六十人が参加した。
マイナスイメージにもとづいて
糾弾会では、六つの事件の事実関係を確認。山田幸夫・東部地協書記長が、発言は部落のマイナスイメージにもとづき、相手に打撃を与えることを意図しておこなわれた差別発言であり、その背景に、①「同和」教育が全領域で位置づかず、特設ロングホームルームに矮小化されている②そのため、日常的に人をおとしめる発言などが無批判におこなわれており、部落差別は他人事という意識が根強くあり③部落出身生徒が自らの立場を明らかにしたり、問題を提起しにくい状況がある、ことを指摘した。
さらに今後の課題として、①全教職員のとりくみにする必要性②マイナスイメージさけの高校「同和」教育の見直し③差別事件の教材化と保護者啓発④関係団体との連携、などを提起し、共通の認識として確認した。
不安を指摘する声もあいついで
参加者からは、生徒が学校に問題提起できないぐらい不安をもっている現状を指摘する声があいついだ。「学校では問題発言、差別発言が飛びかっており、この状況では学校に何もいえない」と涙を流しながらの高校生からの青年への訴えがあったこと。差別発言した生徒が聞きとりのなかで「特設ロングホームルーム」について「またか。たいぎい」と感じていたことなどを示し、この場は「これからやります」ということをいう場ではなく、なぜできなかったのか、その問題点をだす場であることを訴え、率直な対応をと重ねて求めた。
学校からは「信頼関係でなく『対策』をしてきたところに原因がある」などの発言はあったものの、解放研交流会の存在を知っていた教職員は五分の一程度であったことも明らかになった。
さらに、鳥取工業高校が差別事件発覚後におこなった研修のなかで、部落差別を助長すると思われる講座が実施され、その問題点をだれも指摘していないことも示され、問題の根深さが浮きぼりになった。
このため、今回の糾弾集会での提起をふまえ、三月二十日までに文書を提出し、あらためて糾弾集会をもつことを確認。一日も早く生徒が安心して学校へ行けるような状況にするよう強く求め、第一回目の糾弾会を終えた。

「差別発言事件」の内容は次のようなものです。

  • 生徒数人がふざけあう中で、ある生徒が「お前、被差別部落だろう」と発言した。
  • 休憩時間中に生徒が他の生徒に「お前、エタかいや」と発言。
  • 「世界を征服したら何をするか」という話題で「お前の住んでいるところを被差別部落にするぞ」と発言。

…などです。


何を隠そう「差別発言事件」が頻発していた頃、私はこの高校にいました。当時と言えば、この解放新聞の事例よりもっと過激な発言があったものです。例えば「部落民に逆らうとカマや竹やりを持って襲ってくる」とか。一部の生徒は「八鹿高校事件」など部落問題にからむ過激な糾弾の存在を知っていましたからね。
同和教育以前の問題として、当時この学校は荒れていました。生徒間でいじめが横行するということはあまりなかったのですが、時に生徒と教師の立場が逆転するようなことがありました。授業中に生徒が教師に向かって「お前の家に火をつけるぞ!」と脅かすような状態でした。
教師への反発として、同和教育の時間にわざと差別発言をして、「全校集会だ!」とはやし立てるようなこともありました。「チョンコー」だとか「エタ」といった言葉を授業で習うと、面白がってそういう発言を繰り返す生徒もいました。要は同和教育をウザがっていました。今の鳥取の高校生も同じような状態だと思います。それは同和地区出身の生徒にしてもそうでした。「普段は仲良くしているのに、同和教育の時間に部落出身だと蒸し返されるのが嫌だ」といった声を聞きました。
「部落出身生徒が自らの立場を明らかにしたり、問題を提起しにくい状況がある」と文中にはありますが、むしろ当時は「部落出身生徒が自らの立場を明らかに」することが半ば強制されていました。例えば、校区によっては小中学校で「立場宣言」が行われていたため、そのような校区出身の生徒から、「だれそれは被差別部落だ」といったことがすぐに広まります。そうでなくても、「被差別部落」と呼ばれる地域には、それと分かるような物件(荊冠旗の入ったポスターなど)があるので、登校中にそういう地域から出てくる友達を見れば「ああ、あいつは被差別部落だな」とすぐ分かります。
今は記事中の高校の生徒もかなりおとなしくなっているようですが、誰が部落民かを明らかにしたり、エタだとかチョンコーといった言葉を学校で教えてる限り、学校が荒れればまた同じようなことが繰り返されるでしょう。

コメント

コメント(1)

  1. アク禁中 on

    この頃、鳥取西高でも糾弾会がありましたよね。
    しかも学校ではなく、生徒個人が糾弾されてたような。
    県庁のサイトで、糾弾を止めさせるように陳情して片山元知事に却下されてたような文面を見たことがあります。
    いま探しても全然出てきませんが。