統一応募用紙と人権局

鳥取県の各種申請用紙から元号が省かれたという件について、人権局は「日本の元号に馴染みのない外国人に配慮した」とか「本人の意思に反して元号を書くことを強いるのは人権上の問題であるから」と説明していたことは以前の記事で採り上げました。もちろん、この説明は間違いでした。対象となった申請書は日本語のものばかりなので、そのような書類を書くことができる外国人が、元号に馴染みがないというのは考えられないからです。
もう少し人権局に問い詰めてみたところ、ようやく本当の理由が見えてきました。こういった申請書の改訂が単なる事務手続き上のことではなく、「人権上の問題」となっているのは、歴史的な経緯があります。
戦後間もないころ、企業が従業員を採用するに当たって、身元調査をするのは当たり前のことでした。例えば共産党関係者などは普通に排除されました。その中で、部落出身者が排除されるということもありました。
このように思想信条や旧身分で差別するような採用選考が行われることがないよう、各地で規格化された「統一応募用紙」が作られるようになります。企業が統一応募用紙の採用するよう運動を推進したのは、主に部落解放同盟でした。
以下は、1980年代に鳥取県内で就職活動をする高校生が、学校から記入を求められた「就職受験報告書」です。私の高校時代(1990年代)にもこういったものが配布されていました。
就職受験報告書

公正採用を求める運動は、次第に過激化していきました。当初は思想信条や旧身分を採用条件とすることを防止することが目的でしたが、ついには思想信条に関することや、住所を聞いただけでも「差別事件」として糾弾されるようになります。ちなみに「思想信条に関すること」というのは、愛読書や尊敬する人、といった程度のことです。
1994年、中国電力などで就職差別があったとして、企業や行政が何度も部落解放同盟から糾弾されるということが起こっています。もちろん、実際に就職差別があったわけではなくて、「就職差別につながる質問」があったということです。
人権局が申請書の項目に敏感なのは、こういった背景があります。

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