同和対策事業に対する率直な感想

以下は1991年、県内のとある小学校のPTAで行われたアンケートの結果の一部です。同和対策事業に対する意見(自由記入欄)が原文のママ書かれています。

30代母
(1) 平等にしてほしいと言いながら特別にするから差別になると思う。差別をなくそうと思うならそういうことはやめてほしい。
(2) 改善事業が行われることで、それも差別ではないかという声を聞いたことがありました。
(3) 被差別部落以外(例.過疎地域)にも同様、行政面等改善すべき点がある。
(4) 融資等
(5) 改善事業の目的を正しく理解する時も必要だと思います。
(6) その地域を改善していくことはとてもいいことだが、形のない改善も大切なのではないでしょうか。
(7) 良くなっている反面、その場所が目立つようになって公共的建物ができても行きにくい。
(8) 以前の反省のつもりで良くしているのであろうが、かえってそれが特別であるように思われる。また、部落内の人は、それに対して当たり前という態度で、逆に自分たちは、特別なのだとひけらかしているように思う。
(9) 改善事業が行われるのは、別に対象がどこであろうと良いことだと思う。
40代母
(1) 物資の問題ではなく、意識的に心のそこにある部落差別の言葉、思考など全て拭い去ることが大切に思います。
(2) 同和対策事業でなく、改善すべき所は、同和、同和外関係なく、同じように行政の目を向けてよくしていくべきだと思います。
30代父
(1) 特別な事業をすることが、差別である。
(2) 大きい、立派な家のある部落が、差別部落です。低利の金があったら差別なく。
40代父
(1) 同和対策事業の仕事をした。
(2) 特別な事業をすることによって差別を助長している。
(3) 部落差別、部落差別と騒ぎすぎる。
(4) 現在、改善事業がどの様な条件で行われているかわからないが、考え方によれば、その事業こそ差別である。
(5) 低金利での融資等いろいろ聞いています。仕事をあまりしなくても大変立派な家に住んでいる人がいます。C地区(註:この部分だけ修正して書き直してありました)に行ってみてください。
(6) 被差別部落であることを口実にして、何かをしてもらうことはいかがかと思う。それを口実にしてまた、利用されることが多いと思う。自立が大切ではないか。
(7) その部落だけが、差別を受けているという考えで、そんな事業が行われる。という考え方が、一般的に差別であり、部落というだけの事業は、疑問を感ずる。

最後にアンケート集計者による「アンケートからみる成果と課題」には「妬み差別が依然として根深く残っている。」と書かれています。理解を求める、学習が必要ということだけで、事業自体のあり方を問うような記述はありませんでした。

コメント

コメント(1)

  1. なめ猫♪ on

    人権関係条約の批准を推し進めた日本社会党

     「日本時事評論」8月4日号が届いたので早速読んでみた。8面の「天禄時評」に「差別問題に矮小化された人権行政」という興味深い記事が載っていました。 それによると平成9年に設置された人権擁護推進審議会では「人権の中心

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