「地区進出学習会」の実態とは

鳥取県では「地区進出学習会」(学習会)が行われる地域があります。学習会は、かつては同和地区が経済的に低位にあったことに由来する学力の格差を解消するため、学力保障のために始められたものです。もちろん、参加するのは同和地区の子供達です。
学習会は校区に同和地区を有するいわゆる「有地区校」で行われるわけですが、全ての有地区校で行われているわけではなく、地域により取組みに差があります。
以前、智頭町の砂丘1号さんからこのようなコメントを頂きました。

もちろん学習会はありました。内容は確か国語と算数のドリルだったと記憶してます。
私は関西から転入してきた(父親の実家が智頭町)ので、学習塾の感覚で参加してたのですが実際は全く違いましたねえ(笑)
高学年になるとだんだん同和色が強くなっていき参加するのも嫌になってきましたが先生に叱られるのでしぶしぶ…

少なくとも1990年代、いくつかの地域の学習会の実態はおおよそこのようなものです。子供の頃鳥取市で学習会に参加した方からお話を聞くことができました。

― 学習会への参加は強制だったのか?
「ああ、強制強制。」
― 学習の内容は?
「国語や算数とかもやったけれど、児童館に行って、部落差別の学習をしたりとか、ここまでが地区で、ここからが境界だというようなことを教えられた。」
― 立場宣言は?
「それも強制。あの時は泣きそうだったし、泣いている人もいた。」
― それは毎年のことだったのか?
「兄弟もやったし、毎年やってたんだろう。」
― 後でわだかまりはなかったのか?
「そういうことがあって中学生くらいの頃まではずっと後ろめたい気分でいた。だけど、地区外の友達はずっと普通に付き合ってくれている。結婚だとか、職場でのけ者にされたりとか差別はあるけれども、一方で地区の方から壁を作っているというのはあると思う。」

地区学習会の内容は地域差はありますが、普通の教科が3分の1で、残りが部落問題学習というのがおおよその実態でした。それも、低学年はほとんどが普通の教科で、高学年になればほとんどが部落問題学習となります。その内容は、部落差別や解放運動の歴史、狭山闘争に関することも含みます。
地域によっては、かなり低学年からも人権や部落問題学習が行われいたようです。以下は1993年の文集から引用したもので、船岡町(現在は合併により八頭町となっている)の小学1年女子児童の作文です。

 わたしは、がくしゅうかいを見て、みんな
ががんばっているなあとおもいました。へや
の中は、すごくしずかで、びっくりてしま
いました。みんなががんばっていたから、
わたしもやりたくなりました。
 なぜ、がくしゅうかいをするのか、おしえ
てくれました。がくしゅうかいでは人をた
いせつにするべんきょうをしているのだそう
です。
 とても、たいせつなべんきょうだとおもい
まる。わたしも、しっかりべんきょうしたい
です。

以下は同じ文集の男子児童の作文です。地名は伏せてあります。具体的に自分の部落が被差別部落であるということを早くから教えていることが分かります。

 昔の、■■■■の人はそんなにいじめられたとは
しりませんでした、
 今は、みんながあんまりいじめなくなったので昔と
今をくらべたら平和です。みんな■■の人たちと仲良
くなっています。今はそのぶらくも仲よくしていま
す。
 ぼくは同じ船岡町の■■■■なのになんで、そん
なことをいうんだろうと思いました。

現在では、こういった学習会への参加を拒否する保護者も出始め、以前のように全員が強制参加という状態ではなくなってきているという声が聞かれます。


おまけで、船岡町児童の作文をもう1つ引用しておきます。

 なぜ、むずかしいべんきょうをしているの
だろう。きょうのぶんかセンターであったべ
んきょうは、すごいたいせつなべんきょうだ
とおもいます。わたしは、すごいなあとおも
いました。
 こういうべんきょうは、一年生だけでなく
二年生や三年生もやればいいとおもいます。
小学生ぜんぶでやったらいいとおもいます。

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