倉吉で行われた同和教育と立場宣言

同和教育年間指導計画

倉吉市にお住まいの方から、倉吉市教育委員会の「小学校・中学校 同和教育年間指導計画」(1999年3月)を入手しました。この冊子には、教材名を挙げながら指導の内容が事細かに書かれています。その内容は、おおよそ鳥取県の作成した「人権・同和教育の指導のあり方」を具体化したものです(時期的には倉吉市の指導書が古いので、以前の記事で採り上げた県の指導書を受けて作られたわけではありません)。

その中の「学年目標」の部分を抜き出してみます。

小学校
1学年 身のまわりの差別にきづき、みんなでなかよくしようとする。
2学年 身のまわりの差別を解消していきながら、くらしの中の差別に気づくようにする。
3学年 くらしの中の偏見や差別に気づきそれをみんなでなくそうとする。
4学年 暮らしの中の偏見や差別をなくそうとし、さらに部落差別に気づくようにする。
5学年 部落差別に気づき、被差別部落に対する偏見や差別を許さない心情を高め、社会にある不合理や矛盾、差別をみんなで解決していこうとする。
6学年 部落差別の不当さを理解し、基本的人権を尊重するとともに、あらゆる差別をなくするための行動力を身につける。
1学年 人権の大切さを正しくとらえ、部落差別や不合理・偏見などを自らの問題として解消しようとするとともに、差別を許さない仲間づくりをする。
2学年 部落問題やその他の人権にかかわる問題の歴史的背景や解放への歩みを正しく理解し、連帯して社会の矛盾を解消しようとする。
3学年 部落問題やその他の差別問題の本質を正しく理解し、その解放運動から人間としての行き方を学ぶとともに、自らが差別解消に向けて行動する。

やはり、身のまわりの差別に気づかせる指導をしています。言い換えれば、差別が存在することを前提とした指導です。そして、その差別の具体例として部落差別が重要視されているのが分かります。

そして、倉吉市でも「立場宣言」が行われています。その核心となる記述が「部落問題に関する学習」の「6学年 ねらいと学習内容」の部分です。

教材領域 道徳 学活
題材 今こそ自分が 地区進出学習会で学ぶ仲間たち
ねらい 自らの社会的立場の自覚を深めるとともに、部落差別解消に向けて、自分がどのようにかかわっていけばよいのか考える。 地区進出学習会のねらいや学習内容を正しく理解するとともに、部落差別解消のため行動しようとする態度を育てる。
学習内容 ○主人公の小学校時代の差別性をとらえる。
○村にあった部落差別の実態を考えさせるとともに、部落差別解消に向かって立ち上がっていた主人公の心情をとらえる。
○課題解決に向かって行動する主人公のすばらしさに学ぶ。
○地区進出学習会について知っていること、疑問に思っていることを話し合う。
○ビデオ視聴をし、感想を出し合う。
○地区進出学習会がなぜ今もあるのかを考え、差別をなくしていく仲間として自分は何ができるのか考える。
資料 倉吉市同和教育教材1 倉吉市同和教育ビデオ教材

これは、道徳の時間に同和地区の子供たちが「立場宣言」を行い、その後のホームルームで「地区進出学習会」についてビデオを見せて感想を書かせる、といような段取りになると思われます。

なぜこの指導が立場宣言を意味するのかと言えば、地区進出学習会(学習会)は同和地区の子供だけが受けているものであるからです(学習会と言ってもピンと来ない方は、学習塾のようなものを想像してください。元々は、同和地区の子供たちにたいする学力保障として始められたものです)。いわゆる有地区校(校区内に同和地区がある学校のことをこう呼びます)で、立場宣言を行わずに学習会についての指導をすることは考えられません。なぜなら、一部の子供たちが学習会に通っていることは誰でも知っているためです。同和教育の時間に学習会を採り上げれば、その子供たちに共通することは「部落出身である」ということが必ず明らかになります。

この指導書は1999年のものですが、倉吉の一部有地区校における立場宣言は現在でも行われていることが確認されています。最後に、倉吉市教委の現在の(非公式)見解を載せておきます。

各小・中学校で取り組まれている『自らの社会的立場の自覚を深める学習』について

自分のくらしやそれを取り巻く社会の中にある部落差別をはじめ、さまざまな差別の問題やそれを取り巻く社会の仕組みを見据え、「自分の生き方」や「差別を解消するための社会的役割」を自覚していく学習です。

このことを通して、自分と向き合い、社会的に自立し、主体的な生き方を求め、仲間を広げていく力を子ども達に育んでいくことをねらいとしています。

特に同和地区児童生徒におきましては、保護者や各人権文化センター等の関係機関等の理解と協力を得ながら、地区進出学習会や家庭での親子の話し合い等を通して、自分の街や村の調査活動を行ったり、親の被差別体験や先人の生き方に学び、自分と部落差別との関わりを考える取組みを行います。そのなかで、決して差別に屈することなく、勇敢に差別に立ち向かっていった先人や自分の家族に自身や誇りを持つと共に、自らも主体的に部落差別を解消しようとする社会的立場の自覚を深めてまいりました。

一方、地区外児童生徒におきましても、自らと部落差別との関わりを考える中で、一人ひとりが部落差別をなくすることを自分の問題として捉えるようになってきました。また、このような取組みを行う中で、それぞれが持つ心の悩み、葛藤やわだかまりにも目を向けるようになり、再度自分自身を見つめ直すことでそれらを乗り越えることができるようになってきました。このように、真に一人一人の意識に迫る手法を当して、子供達に人間性、社会性を身につけさせる取り組みを行っているところであります。

以前、『「この世の中には差別がある」と気づかせる教育をして、何が悪いのですか?』というようなご意見をいただきましたが、単に「この世の中には差別がある」ということではなくて、身近に差別があるんだと気づかせる教育が行われていると思います。

その差別と言うのは具体的には部落差別です。

市レベルの指導書で「身のまわりの」とか「暮らしの中の」という言葉がここまで繰り返されていると、やはり、そう考えざるを得ないでしょう。

そして、そのことは差別をなくすという目的と矛盾すると思います。ある日、一斉に差別がなくなるということは考えられないわけで、例えばある地域で本当に差別が解消されたとしても、誰も「差別がなくなった」と言い出せないことになります。

前回の広報ちづの記事について「あまりに凄い」と言ったのも、同じ理由です。

コメント

コメント(1)

  1. なめ猫♪ on

    文部省から是正指導を受けた福岡の同和教育

     昨年10月に勤務評定がなされていなかった問題で是正指導を受けた福岡県教育委員会は、表向きには「教育の正常化」路線を掲げてきました。それは建前だけでなく心からそうした思い