椋田昇一氏にインタビュー(2)

さらに、1990年代半ばに行われた、農協に絡む結婚差別問題についての糾弾に話が及びました。農協の建物に一角にある理髪店の職員の弟が被差別部落の人と結婚したとき、親戚が誰も結婚式に参加せず、弟の兄が差別発言をしたのがきっかけです。

私) それで農協が糾弾されたのか?
椋田氏) 農協が差別をしたという糾弾ではない。ただ、農協側が農協の直営ではないので関係ないと言ったのに対し、直営はないにしても農協関係の人が相談に来ているのだから誠意を持って取り組んで欲しいということを提起したのだと思う。
私) そのことがきっかけで農協は教育・啓発に取り組むようになったようだが?
椋田氏) それだけではないと思う。日ノ丸自動車ほど頻繁ではないが農協に対しては何度も糾弾があった。
私) 当の本人(理髪店の職員の兄弟)はどうなったのか?まさか「農協を糾弾してくれ」と解放センターに相談に来るとは思えないが。
椋田氏) 本人がある面加害者でもあるので議論はされているはずだが、よく覚えていない。

農協の件については、「親戚の仲を取り持って欲しい」といった相談はなかったのではないか、ということでしたが、その後どのように解決されたのか、明確な答えを得ることが出来ませんでした。
さらに、人権救済条例について核心の部分を質問しました。

私) 加害者に対する啓発・指導といったことを入れるように求めたのは椋田さんと考えてよいのか?
椋田氏) 単に謝ってで終わりではなく、あるいは逆に謝らなかったから氏名を公表して終わりではなく、差別意識を変革するというのが私の考え方だ。心情面で終わらせたり、権力で規制するのでなく教育や啓発が必要だと思っている。
私) 単刀直入に言えば、これは糾弾を念頭に入れたものか?
椋田氏) それはむしろ違う。人権委員会に上がるという事は、当事者同士の話し合いを模索することが前提となる。それを妨げるような人権委員会になってはならないと思っている。教育や啓発が糾弾に結びつくというのは不可解だ。
しかし、誠意を持って対応しない場合は、被害者が泣き寝入りをしないために人権委員会が出てくる。ただ、人権委員会が行うことと、当事者を糾弾することは別の話だと思う。

さらに、この取材の2日前に人権救済条例の見直し委員会で、教育・啓発について「下品とは言わないが上品なやり方ではない」「殺人犯であっても内心の自由は保障されている」といった発言があった話をしました。さすがに椋田氏も少し不機嫌そうな様子で、「差別をする自由はない」という返答でした。


実際には、椋田氏とは他にもさまざまなやり取りがあったのですが、プライベートなことや、さらに調査中の事柄もあるので、割愛しておきます。
最後まで平行線だったのは、「偏見(あるいは差別意識)を持つこと自体は責められるべきことではない。そもそも、仮に偏見がなくなったとしても客観的に評価する方法がない。」という私の考えに対する椋田氏の考え方です。椋田氏は「被差別の立場にある者からはそれは承服できない。差別意識をなくすように教育や啓発をするべきである。」ということでした。
蛇足ですが、日ノ丸自動車についても質問しました。

私) 日ノ丸自動車は、どうして何度も糾弾されるのか?
椋田氏) それは個別のケースを調べて分析しないといけない。
私) 昔からこうだったのか?
椋田氏) すくなくとも70年代以降は頻繁にあった。

コメント

コメント(1)

  1. KAZU on

    インタビュー凄いですね。
    敬服いたしました。