なんでも人権の学校教育

180度ひっくり返った道徳教育

小学校には道徳教育の時間があった。小学校5年生からは、道徳教育の時間がまるまる同和教育に置き換わるのであるが、同和教育は普通の道徳教育とはまったく異なるものだ。それは、単に授業内容が部落差別に関するものになっただけではない。

私は、小学1年生の頃、恩師から言われたことを今でも覚えている。それは、次の2つである。
「道徳の授業が他の授業と違うのは、正解がないことだ。」
「知らないことは悪いことでない。」
しかし、同和教育では、この2つは全く通用しない指導がされる。まず、明らかに正解が最初から決まっている。何が何でも、「差別は許せない」という結論を出さなくてはいけない。そして、知らないことがあれば、教師からののしられるのだ。これは中学時代の話であるが、同和教育の時間に「無知は悪である」と言った教師の言葉をはっきりと覚えている。

小学5年で同和教育が始まってからは、授業でも、日ごろの指導でも、なにかと人権問題がからめられるので、徐々に教師に反感を抱くようになった。もっとも、5年生になってから、たまたま運悪くそういう教師が担任になったのかも知れないが。

例えばこんなことがあった。社会の時間に、奈良の大仏について勉強していたときだった。
「この奈良の大仏を作ったとき、これだけの人が作業に関わりました。どう思いますか。」
「どうって・・・。」
僕は黙ってしまった、そしたら、先生が突然強い調子で言った。
「大仏の外側は金です、例えば、1トンの金って言ったら大体40センチくらいのかたまりです。でも、それだけの金を取るのに、どれだけ働かされたか分からんですか!」
そう言って教師はヒステリックに怒ったが、なぜそんなに怒られるのか、私にはさっぱり分からなかった。

あれも差別、これも差別

同和教育では、身の回りの偏見や差別を見つけて報告することが推奨された。かくいう私も、今から考えれば、どうでもいいことなのであるが、授業であんまり皆が黙っているので少し盛り上げようと適当な報告をしたことがある(旧同和地区の場所を特定するような内容なので、詳細はご勘弁いただきたい)。

それから、これは同和教育が始まる前のことであるが、田舎から都市に人口が移動していることについて、私が「田舎者と馬鹿にされるのが嫌だからじゃないですか?」と言ったら、妙に真剣な顔をされ、気持ち悪いくらいに褒められたことがあった。同和教育では、身の回りの偏見や差別を報告することが推奨されていたらか、「差別を見逃さない態度」とでも思ったんだろう。

また、私は算数のドリルに次のような落書きをしたことがあった。

落書き前              落書き後
100てん--素晴しい     100てん--天才
###########     #############
#### 合格 ###     ### まだ甘い ####
###########     #############
80てん            80てん
###########     #############
### あと少し ##     #### アホ #####
###########     #############
60てん            60てん
###########     #############
## がんばろう ##     ## 助けようがない ##
###########     #############
30てん            30てん
###########     #############
## ざんねん ###     #### 死ね #####
###########     #############
0てん             0てん

私はかなり怒られた。まぁ、誰がどう見ても褒められるようなことではないだろう。そして、教師は次のような行動を取った。
「こんなことは差別につながります。」
「これは差別を残すものだから捨てます。」
そう言うと、落書きしたページを破り捨てた。鬼か悪魔のように教えられてきた「差別者」に自分がされたのである。

私が、同和教育に決定的に反感を抱くようになったのは、これがきっかけだったと思う。

荒れた教室

このころ、私のクラスはかなり荒れ始めていた。休憩時間に、暴れる騒ぐ、刃物で人を傷つける、何か悪口を言われたら差別だ差別だと騒ぐ。そして、教師がやってくると気持ち悪いくらいみんないい子になる。

こういった実態に担任教師が気づいたのは、担任教師がしばらく出張でいなくなり、教育実習生と入れ替わったことがあって、その後に実習生から担任に報告があったからだった。

同和教育をやったからと言って、他人に思いやる子供には育たない。むしろ、いかに教師の前でいい格好をして、いかに要領よくやっていくかということばかりを覚えるようになる。自分も、周囲も、そうであったと思う。

小学校最後の同和教育で、私は映画を見た。大雨が降るとすぐに流されてしまう田んぼを持つ、同和地区の働き者のおじさん、自分の作物のできが悪く、そのおじさんを妬みつつ、土方で稼ぐおっちゃん。そして、誇りを持って仕事をする土木作業員とそれを軽くあしらう金持ちの女が出てくる映画だった。金持ちの女が、はねた泥を拭こうとした建設作業員に向かって「なにするの!あんたたちとは違うんだから!」と言って足蹴にするシーンを今でもはっきり覚えている。


高校時代のメモより構成しました。

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